「若者がインターネットを駆使して、世の中を変えてくぜ!」みたいな話ってすっかりなくなったよね。

 中国のビッグデータを活用したネット世論警報システムがすごい。微博(中国のTwitter)で反体制的な特定の用語の出現回数が頻出した場合、人々の注目を集める社会事件が起きた可能性があるとして、管理者に警報が伝えられるらしい。既に省庁や地方政府、大手企業がこういったシステムを導入しており、国民を統制するために利用されているのだとか。その警報システムの取り扱い能力を証明する国家資格「ネット世論分析師」なるものまで存在している。
他にもネット世論警報システムの多言語化も進んでおり、複数の少数民族言語の書き込みをリアルタイムで収集し、分析するシステムが存在する。ある特定の言語の書き込みが急増した場合、自動的に感知し、当局へと警告が届くのだとか。
 「そういった監視社会は間違っている!」みたいに思うほど、強い思想は持ち合わせていないが。「IT技術の発展はネット運動に有利に働く!」「Twitterや微博の情報拡散力は速すぎて検閲が追いつかない!」「これからはネット論壇だ!」とか言っていた、アラブの春が起きた2010年付近の言説が如何に楽天的な見立てだったかを痛感する事例だな〜と思った。

 

 その頃って他にも「海賊放送とかリミックス文化、ストリートアート、ナップスターLINUXみたいな既存のルールを無視した新しいパンクな活動がユースカルチャーから出てくることによって、これからの社会を変えていくぜ!」みたいな言説がたくさん言われてたし、僕もそういう風に世の中は変わっていくと信じてたんだよなー。ノスタルジーがそんな風に過去に魅力を感じさせるのかもしれないとも思うのだけれど、そのバイアスを差し引いても、2000年代後半〜2010年代前半は今から振り返れば、若者によって色々なものが牽引されていくような雰囲気があったように思える。

 

 2010年代後半もスナチャのような新しい形のSNSとか自撮りとか、新しい若者によるインターネット文化も生まれたけど、10年ぐらい前の「社会を変えてくぜ!」みたいなノリは感じないんだよなー。(良い悪いではなく、単純に感じない、という話)。


 雑なまとめ方をすると、2010年代後半になってスマホSNSを利用した生活がレイトマジョリティーにまで行き届いた結果、ユースカルチャーやカウンターカルチャーとインターネットが結びつきづらくなったからなのかな〜と思うけど、どうなんだろうか。「昔はよかったけど、今はだめだね」みたいな老害っぽい考えなのかも、と思いつつも、最近はそのようなことを考える。web記事じゃなくて、一冊の本にする話題として誰か検討してくれないかしら。英語の本ではありそうだけど。

 

 ※海賊のジレンマみたいな話はほんとに聞かなくなったよな・・・

海賊のジレンマ  ──ユースカルチャーがいかにして新しい資本主義をつくったか

海賊のジレンマ ──ユースカルチャーがいかにして新しい資本主義をつくったか

  • 作者: マット・メイソン,玉川千絵子,鈴木沓子,鳴戸麻子,八田真行
  • 出版社/メーカー: フィルムアート社
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