STOP, LOOK, LISTEN/スマーフ男組

自分の趣味の一つにデータで買った曲なので歌詞カードがなく、更にググっても歌詞が分からない曲の歌詞を書き起こすというものがある。書き起こすために繰り返し聴いて、スマホやパソコンで打っていると、その曲や歌詞が身体化されていくように感じるのもあって、この行為自体をなかなか愛でている。今日はスマーフ男組というアーティストのSTOP, LOOK, LISTENという曲を書き起こした。何度聴いても、分からないところも沢山あるけれど、分からないままというのもそれはそれでありな気がする。めちゃくちゃ好きな曲なので、せっかくだからブログに残しておく。

 

YouTubeを再生しながら読んでもらえれば、と思う。


スマーフ男組 | STOP, LOOK, LISTEN

 

STOP, LOOK, LISTEN/スマーフ男組

 

朝起きて、コーヒーの換え置きがないことに気付く

酷く、くだらない

どうしても髪が跳ねる

セーターが気に入らない

肩こり、目薬、余暇とロック

 

太陽の日、ときどき雨の日

帽子を被って、帽子を脱ぐ

傘を忘れる

ウキウキしたり、風邪をひいたり

チーズを齧って、酔いつぶれたり

 

サッカーを観て、音楽を聴く

ときどき「ファック」と口にする

女の子はダイエットをする

男の子はセックスのことを考える

 

膝を抱えて、ニュースを見る

ときどき戦争が始まる

変わる、変わらない

 

腹を立て、途切れる

世界と途切れる

僕が途切れる

僕は途切れる、千切れる

揮発する物語、端から希釈されて

 

出来ないことがある

自信満々で、なのに

引き算が恨めしい

 

へし折れる

 

自分を踏み出せず、見る前に、飛べない

怯える

 

車に轢かれたシュークリームみたいに最低の気分

ベッドとソファの大きさの部屋

温かい、けれども苦い部屋

ゴミ箱に、山のようにビールの空き缶、山脈を築く

 

歩かず、走らず、笑わず、木も森も見ず、待つ

視野(?)に暮らし、やがて弛緩する

胸を沈殿する歌詞、混濁、混迷

錆びついてしまった僕の全盛

僕の鼻、僕のアゴ、僕のエゴ

 

消え入りそうで、とてもじゃない

夜に溶けたい、夜になりたい

午睡を終えたライオンのように克服できない恐怖

その刹那、昼が眠り込け、夜が目を覚ます時間、青い時間

 

コーヒーを飲もう、小銭を数えて、服と髪をコーデする

ドアをこじあける、鍵を開ける

盛大な爆発音

きっと開く

空気は

 

空気は

街の空気は

風は、肌をつたって、撫でて、泡立ち、波立って

どの軒先にもとりどりに花

 

伸長する道、路地

街が、僕に浸透する

僕が、街に浸透する、伸長する

 

世界が僕をあらしめる

だから、僕が、世界をあらしめる

世界と和解

 

世界と和解

 

レコードをやめて、世界を聴く

本を閉じて、世界を開く

テレビを消して、世界をつける

 

歩く、散歩、公園

葉の形、色、膨大な情報量

水面、驚きに満ちた波紋

 

太陽が祝福する

 

ベートーヴェンピアノソナタ、第30番、作品109

 

陽射しにトーストされたアスファルト

早朝のビデオレンタル屋で受けとるアイスチョコバー

乾燥機のミント

皿を洗って、またパスタを作る、安上がり

焼きトマト

ストライキ、おしまい

コロッケ、食べよう

 

のっきぴきならない、透き通るような場が

神様、呆れ果てるか

シュテルバウンド(?)な季節

神様と恋人に

 

あたらしい今日と僕のニューダイレクション

うちの店(?)

ワッチューシーイズ、ワッチュゲッタン、ディシップ(?)リブ

見るものが得るもの、見たものが得たもの

暮らしを暮らし、歩みを歩く、笑いを笑う、泣くときゃ泣く

僕の踊りを、踊ろう

 

何を今さら、必死に

やんぬるかな、禁止

ペシミズムとニヒリズムを置き去る

速度を走る、走らせる

 

ソーシャライズギッタン、社会化

帰ってきた、ここに

交われど、マジアレ太カヒRAW

唸る、八百屋のカウベル

虹のような気炎を上げ圧倒

ダンバイロウ

相棒はコンピューマとアキラ・ザ・マインド

スマーフ男組

 

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ついでに件のアーティストであるスマーフ男組に関する情報はあまりネットに落ちていない。ただスマート男組のメンバーが書いた、彼らの結成からの物語に関するテキストはほうぼうで見かける。このテキストが僕はたまらなく好きでよく読み返す。自分の知らない歴史を知ることは楽しい。せっかくだから、そのテキストも転載しておく。

スマーフ男組は、好事家の目を白黒させ、また、じゃぶじゃぶ泳がせた音響派ユニット、短命に終わったアステロイド・デザート・ソングス(以下ADS*1)の活動休止をもって97年に結成、その七夕の夜に、勢いで命名された。

いや、記述に正確を期すのであれば、ADSは97年の12月8日に表参道の喫茶店で活動休止の結論へといたるミーティングをもったのだから、結果からいえば、ADSとスマーフ男組は半年かそこいらのあいだ並存したことになる。

また、スマーフ男組のルーツをさらに辿ってみるなら、それは、95年の12月14日に下北沢SlitsでおこなわれたギグにADSのメンバーであった高井康生(Ahh! Folly Jet)が出演できなくなったことから急ごしらえに準備された、M+M Production(*2)という2人組による出しものの、そのユニークな冒険に端を発したものだったことを頭にいれておいてもいいだろう。

 

スマーフ男組というネーミングには当初、「男組」を「男闘呼組」で表記しようや、という案もあったのだが、それはさすがにやりすぎだとマジアレは思いとどまった。そのことにいま、私たちは胸を撫でおろすほかない。

メンバーは、マジアレ太カヒRAW(村松誉啓,MCとたくさん担当)、コンピューマ(松永耕一,ターンテーブルとたくさん担当)、アキラ・ザ・マインド(高橋啓,鍵盤とたくさん担当*3)の3人。

「男組」の二文字にははじめ、あたかもPファンク・モブのように入れかわり立ちかわりメンバーを迎えいれる不定型のあつまり、ということが企図されていたが、幸か不幸か、現在にいたるまでこの3人のならびは不動のものとなっている。

3人は集まるとたいがい、缶ビールを開けながら、互いのウエストにひっついてくるようになった贅肉について意見を交わし、ゲラゲラ笑いあう。

ずうっと、そうだ。

 

それでは、スマーフ男組の履歴から目だったところを拾いあげてみることにしよう。

彼らはまず97年、ムードマン主宰のパーティー「低音不敗」(@西麻布クラブ・ジャマイカ)にレギュラー出演、これがオルタナティヴなマイアミベースのコンピレーション盤『KILLED BY BASS』への参加につながっている。

そこに収められた4曲が、スマーフ男組の処女レコーディングの成果となった。

『KILLED BY BASS』では、“八百屋”(ローランドのTR-808リズム・マシーン)のキックのディケイを伸長したサイン波の手前の音色によるWeird(奇妙)な「トルコ行進曲」、コンピューマによる斬新な、ヒップホップとマイアミベースと音響派との、うたう折衷案(“Basscillotron”)、オールドスクール・ヒップホップへの直截なオマージュ(“Phase 2: Roxy”)、失敗作ですってんころりんこけてるけれども、Pファンク・オールスターズのグルーヴを援用してものにしようとし、おまけにアキラ・ザ・マインドが犬を思う存分、鍵盤上に転げまわらせてみたもの(“Hydrauric Pump”)などが聴かれる。

 

ついで98年、彼らは、TPfX(ヒップホップ最高会議の千葉氏)、脱線3、荏開津広らと「エレクトロ・サミット」(@恵比寿みるく他)を企画、その大幅な発展形ともなったエレクトロ・ヒップホップのコンピレーション盤『ILL-CENTRIK FUNK VOL. 1』に“E・L・E・C・T・R・O 〜スマーフ男組の808 MYTH APPROACH〜”(*4)を提供。

また、同アルバムのリリース・ツアーでは、伝説のラメルジーといっしょのステージを踏むこととなった。

ADS時代からひき続き、このころまでに築かれてきた交友、そこから連なり拡げられた環境が、いまもかわらず、スマーフ男組の活動のバックグラウンドとなっている(もちろん、デイタイムに大手外資系CDショップでバイヤーをつとめるコンピューマのつちかってきた、ロス・アプソン山辺圭司らとの長きにわたる親密さなどがそこにふくまれることも……これはいうにおよばないが)。

 

さらに時期を前後し、スマーフ男組は三宿WEBにて月1のレギュラー・パーティー「スマーフ渚をわたる」を立ちあげ(*5)、以降も、DJ、ライヴ、数枚のコンピレーション盤への参加を経て、彼らのアイドル、アフリカ・バンバータとの対談などもこなしつつ(『エレ・キング』誌上)、現在、2003年の彼らは、5年越しの(だから労作、としかいいようのない)デビュー・アルバム『スマーフ男組の個性と発展』(*6)をやっつけんと、まい進中である。

 

ところで、2000年以降、ここで触れるべきトピックの数が限られてくるのは、彼らが、分をわきまえず「とにかくアルバムづくりに精進するため」として幾多のオファーを断ってきたからである。これは事実だ。

が、しかし。そう書いておけばすこしは聞こえがいいだろうかと私に余計な気をまわさせる状況に彼らが甘んじているのも、これまた事実といって相違ない。彼らがかつての相方、Ahh! Folly Jetの美しいアルバム、2000年にリリースされた『Abandoned Songs From The Limbo』に後塵を拝すること3年あまり、だ(以前、私がマジアレに『Abandoned Songs… 』のテスト盤のCD-Rを聴かせてもらったときに、その盤面にマジアレの手書きで、赤いフエルトペンででかでかと“負けないぞ!”と書いてあったことを思い返すと苦笑を禁じえなくなってくる)。

けれども、ここでは強調しておかなければならない。とにかく彼らは、たしかにときどき弱音を吐くけれども(とくにマジアレは)、いつだって音楽に対し真摯な態度をたもとうとしてきた。安心してほしいのだが、私の知るかぎり、彼らはそうしてきたと思う。

彼らがせっせと水をくべて「育て育て!」と叱咤してきた果実は、デビュー・アルバム『スマーフ男組の個性と発展』の音楽にあますところなく収められ、聴きとれるものとなって実を結ぶことだろう。

いま、2003年8月末において、『スマーフ男組の個性と発展』のための曲はすくなくとも11曲、ミックスダウンを終えている。マジアレによれば、そのアルバムのなかで「ラスコーリニコフがコロッケを買いにいったりする」らしいが、私にはなんのことやらわからない、まあ、期待して待とうではないか。

 

スマーフ男組の個性である、どんぐりまなこのエレクトロ・ヒップホップらしきものは、聴き手を瞠目させ、微笑ませる。

いいかえれば、彼らのチップマンク声=マンチキン声=チビ声とリズム・マシーンへの偏愛はほかにはなかなか例をみないもので、だからその姿は、オールドスクール・エレクトロの快活さを現代のポップの地平へ押しあげようとやっきになっている働きものの青い小人たちのようでもある。

まあ、さんざ周囲をやきもきさせていることからもわかるよう、かなりぐうたらなところもある……マジアレの口ぐせは、なんということだろう、「ぐずぐずしてすみません」(*7)だ。あにはからんや! こののらくらものめ! が、しかし。

いずれにせよ、彼らはその代表曲“808 MYTH APPROACH”で唄っている、「俺たちゃスマーフ男組/寝ても覚めてもエレクトロ」! マジアレに、なにゆえエレクトロかと問うてみたことがある。彼はしばらく考えてから私の目を見て、つぎのようなことを話した。覚えているまんまに書き出してみよう。

 

「うんやっぱり、エレクトロ・ファンクはかなり楽天的な世界観というかな、とてもアホウな──でも、真実の欠片とみまがうようなものがころがってる、そうしたものを、僕たちにかなり突拍子もないかたちでだけれども、示してくれるからなんだと思う。それで首たけなんだと思う。

むしろ、突拍子もないからこそ、惹かれるのかもしれない。

いきすぎだから、なのかもしれない。ええっと、僕が最近ふだん部屋でなにを聴いてるか知ってるかい? セシル・テイラーだぜ!? でもね、だけどやっぱりね、ああいうやり方をもってしても、エレクトロって音楽にも、すごく強度があると思うんだ。

セシルのそれとは似ても似つかないけどもさ。

ヒップホップの人がしばしば“半端ない”っていうでしょ、だけどやっぱ、スマーフは半端なのね。でも、エレクトロは半端じゃない。

そのチーパカチーパカいってるようなフォルムを自在に手なずけてだよ、僕たちスマーフ男組はポップへと突きぬけるんだ! 808命! チープ上等! ブンチキパッドゥンチキブンパドゥン」。

 

おなじく、“808 MYTH APPROACH”。

「カザールのメガネはコンピューマ/そんでアキラはマインド,アキラ・ザ・マインド/ミー,マジック・アレックス,小市民オン・ザ・ビート/ミーは808のヴァーチュオーソ,スマーフはエレクトロのマエストロ/渋谷,恵比寿,新宿,東京,声がかかれば,すぐにエレクトロ」……。

そこにぺてんはない。

いんちきはない。

彼らの口をついてでる「ロックする」というオールドスクール・ヒップホップの常套句はそこで、クリシェでなくなる。

それは言葉遊び以上のものだ。

そして、彼らはリー・ペリーのスーパー・エイプのように帰ってくる。

コンピューマは、猫背をすこし伸ばして「いえい!」といいながらターンテーブルとエレクトロニックなイクイップメントの電源を入れるし、アキラ・ザ・マインドは「ニャハハ!」と笑いながら、しかし冷静に鍵盤を、張りきった弦を、確実にたたくだろう。

心配なのはやつだマジアレだ、が、彼もきっとどうということもなく、「イエース、イエース!」だとか「ジー・ベイビー!」と口ばしりつつはしゃいで、マイクのケーブルにぐるぐるぐるぐるからまって笑うだろう。

スマーフ男組は、あたらしいリリースをもって、あなたがたを、私を、ウキウキさせる。ロックさせる。楔をいれる。躍らせる。踊らせる。

 

 

この一文は、私のためにときどきまあまあなパスタづくりの腕をふるってくれる(*8)、つかず離れずのつきあいを長なが続けている友人のマジアレに、「プロフィールだ、忌憚のないところを書いてくれ」と依頼されたもので、それにしては書きあげたあとに彼から、「この表現はまずいな」、うんぬん、すいぶん水を差されもしたものなのだが、しかし私はがんとして、書いたものを譲らずにおいた。

そのことが、これを読まれる諸兄の、スマーフ男組をさらに理解する一助となったならさいわいに思う。

また、マジアレについての記述が多くなってしまったことについてはここでお詫びしておきたい。

 

text:スティーヴン・スキムミルク(脚注とも)

関係者から筆者への苦言(とか)

 

「ちょっとやりすぎたようね」

   ──メンバーの恋人のひとり

「スティーヴンのやつ、ほら、俺がチャーリー・パーカーマイケル・ジャクソン谷岡ヤスジとおなじ誕生日だってことだけはちゃんと書いとけっていっといたのに……」

   ──マジアレ太カヒRAW

「バーカ! こんな原稿、プレスリリースに使えるわけねーだろ。バーカバカ! ギャラなんて払うか!」

   ──現スマーフ男組A&R,スティーヴンとは旧知,小林弘幸

「僕たちはなにか大きなものを失いかけてるような気がします」

   ──スマーフ男組のビックリ・ビートBBS管理人,レイ氏

「労働するとき、あなたは心のなかにフルートをもっている。そして時のささやきが音楽となる。世界がいっしょに歌っているのに、石のように黙りこくっているのは誰の笛?」

   ──カリル・ギブラン

「真の自己とは、自身の外にあるものです──やたらに自分のなかにもぐりこんで聞き耳をたてるのではなくて、世界が自分にさしだしてくるものに気づくこと」

   ──ミヒャエル・エンデ

「あの、ちょっと情緒的にすぎるんじゃないですかね。こんなふうに書いてマジアレを甘やかすような人がいるから、スマーフはいつまでたってもアルバムが出ないんですわ。なんかもう堂々めぐりですわ」

   ──コンピューマ

「ニャハハ!」

   ──アキラ・ザ・マインド

   

*1 ADS

94年12月8日のパーティー「Asteroid Desert Songs」(@西麻布M. MATISTE)を主宰することより活動を開始。“Asteroid Desert Songs”とは当初、バンドもしくはユニットの名というよりも、パーティーそのもののこと、そしてそこでおこなわれた電子音響、ギター、ターンテーブル、打ち込みなどによる、いわゆるセッションのことを指して、そう呼ばれていた。メンバーは高井康生(Ahh! Folly Jet)、松永耕一、村松誉啓、のちに高橋啓を加えた4人。代表作はアルバム『'till your dog come to be feed』。ADSの音楽について記すことは、またべつの機会にゆずりたい。その紹介を過不足ないものにするには、費やすべき紙幅がおおきなものになりすぎるのだ。ADSを、その音楽を、ひと筋縄でどうにかできるものじゃない(後年、初期のセッションを振りかえって高井は述懐した……「ええっと。ジャーマン・マイアミ」!)。なんていうか、ADSにくらべたら、スマーフ男組なんぞ可愛いものなのだ。ただ、ADS結成時に高井、松永、村松の3人を結びつけた要因が、彼らがみな一様にヤン富田のアルバム『Music For Astro Age』に、まったくの掛け値なしでいかれていたことにあったという、そのことだけ、ここで触れておくことにしよう。

 

*2 M+M Production

がっかりしないでほしい、しかしそれはみなさんの推測のとおり、松永と村松だからMとM、という安直な命名のもとあつらえられたユニットだった。この日のパフォーマンスは、SONYの携帯DATレコーダーで克明に記録されていて、そのDATはいつか陽の目をみるだろうことを見越して、すでに、コンピューマによって、マイルス・デイヴィスのライヴ・レコーディングにおけるテオ・マセロばりの注意深い編集が加えられたものが、準備されている(タイトルは『M+ M Goes Bazerk!!!!! 』。コンピューマの、エディターとしてのクレジットは“ませろ松永”になるだろう)。そのレコーディングがなされた日、DJブースとSlitsの小さなステージで、マジアレとオシロトロン(現コンピューマ)は、文字どおり、吠えている。その音楽が、いくぶんのからかいをもふくめ、もしもヒップホップだと呼ばれるなら、これほどパンクなヒップホップは探しても、ほかにあまり例がないだろうと私には思われる。また、その日の短波ラジオシンセサイザーターンテーブルに載せられた厳選されたレコード盤のぎざぎざしたのこぎり波などなどの咆哮が、ある種の騒々しい電子音楽といえるのなら、それは、これもパンク的なやり方でもって、AMMの『The Crypt』に肉迫していた。

思い出を……彼らならではのアネクドートをひとつ書いておこう。現在はスマーフ男組のA&Rであり、しばらく前にはAhh! Folly JetのA&Rでもあった小林弘幸は、その日、M+M Productionのパフォーマンスに先だってDJを務めていたのだが、マジアレは、小林のかけたジョン・コルトレーンの“フリー”なジャズ、“OM” に大喜びし、耳をふさごうか躊躇しているほかのお客たちをよそに、エアロビクスのダンサーさながらぴょんぴょん跳びはね、Slitsのフロアーを全速力でくるくると走って、はしゃぎまわった。彼の姿はそう、ぱちぱちはぜる火の粉そのもので、いまも私の目にくっきりと焼き付いている。私は正直、「この男の子はいったいどうしちゃったんだろう?」と困惑させられたものだけれど、そのときのことをなにゆえ私が忘れえないかといえば、彼の表情が心底しあわせに満ちあふれたものだったからである。私はだから、その光景を胸にしまって、その日から、半信半疑で、のちのスマーフ男組となる彼らの音楽に徐々にとり憑かれていくことになったのだ。

 

*3 アキラ・ザ・マインド

元アポロスのアキラ・ザ・マインドは結成後ほどなくしてADSにベース・プレイヤーとして招かれ、そののち、ときを経ずして正式加入している(95年8月に新宿P3ギャラリーでおこなわれたイヴェント「UNKNOWNMIX」における、ビーチ・ボーイズの“Fire”をカヴァーしたステージから参加。そこには彼も、ほかの3人とともに消防士のヘルメットを頭に載せて現われた)。アキラ・ザ・マインドはまた、DMBQのベーシスト渡辺龍一、マジアレとともに、オルタナティヴでファンキーなプログレッシヴ・ロック・トリオ、Ultra Freak Overeatのメンバーだった。加えていえば、アキラ・ザ・マインドは一時期、ナチュラル・カラミティーのサポート・メンバーを務めていたこともある。

 

*4 “E・L・E・C・T・R・O 〜スマーフ男組の808 MYTH APPROACH〜”

同曲はその表題にたがわず、スマーフ男組のキャリアをつうじ最もストレートにエレクトロ・ヒップホップへの愛情が注ぎ込まれ、なおかつそれが存分に表出したものとなっている。“E・L・E・C・T・R・O ”は、2 Live Crewの“Beat Box(Remix)”の冒頭をさらにリ・エディットしたものからはじまり(このぶぶんは、J-WAVEのジングルとして、いまだにつかわれている)、 Unknown DJの「I am a master of the 808!」をみずからの態度表明のために参照しつつ、TR-808の32分音符を多用した彼ら独自のビートになだれ込む(それは、曲調からすれば意外だが、ホワン・アトキンスの“Clear”のシンコペーションと似かよっている)。そして、ジェリービーンの“The Mexican”にあるような生演奏のボンゴ・ソロ、さらにみなさんもラメルジーの“Beat Bop”でご案内だろうパーカッション……つまりフレクサトーンの身震いをはさんでから、コンピューマとマジアレのいくぶん調子はずれのコーラスで歩幅をおおきく拡げる。ついで、アキラ・ザ・マインドのラテンふうなタッチのキーボード、クラフトワークのようにひんやりしたストリングス・シンセでその色彩を豊かにし(ここで変化するベースラインはインヴィジブル・スクラッチ・ピクルスが速まわししてかけたオリジナル・コンセプトの“Knowledge Me”)、さらに、ニュークリアスの“Jam On Revenge”をTR-808フィルインに、また、フリースタイルの「I know, you’re feelin'!」をリズムのカウンターに引用しながら、コンピューマがサンプルしたマジアレのチビ声連打、おなじくコンピューマ自慢のヴォコーダー、 EMS System-2000のチャントをきっかけに、“Looking For The Perfect Beat”のアーサー・ベイカーのリヴァーヴの峡谷にビートを没入させ、いよいよリズムを沸騰しにかかる。そして、マジアレのどちらかといえばまだ珍しい部類にはいる種類のMC、16小節のラッピング(最後のほうで、ミスター・マジックのラジオ・ショウの常套句を翻案した「スマーフスマーフ,男,男,組,組!」が聴かれる)を経て、コンピューマの湯気のたつスクラッチ(“マルティグラへつれてって”と、ピーター・ウルフの“Lights Out”)を招きいれた“E・L・E・C・T・R・O ”は、熱でBPMを融解する寸前でなんとかもちこたえている、といった表情へと劇的な変化をとげる。ぶくぶく。やがて、幕ぎれにおいては、“Planet Rock”のボーナス・ビートの寸分たがわぬコピーのうえでコンピューマが愛器の短波ラジオをワルツさせ、聴き手を成層圏の外側へとはこびだす。……眺めはどうだい!?

以上。“E・L・E・C・T・R・O ”は、7分04秒のエレクトロ・ライディングだ。

この項、脚注としてはかなり長いものになってしまった。いい機会だから、整理しておくことにしよう。“E・L・E・C・T・R・O ”には上記にみてきたように直接、間接問わず列挙すれば、以下のA to Zの要素がトッピングされている。

□2 Live Crew“Beat Box(Remix)”(Luke Skywalker)A

□Unknown DJ“808 Beats”(Techno Hop)B

Cybotron“Clear”(Fantasy)C

□Jellybean“The Mexican”(EMI)D

□Rammelzee Vs. K-Rob“Beat Bop”(Tartown/Profile)E

Kraftwerk“Trans-Europe Express”もしくは“Tour De France”(EMI)F

□Original Concept“Knowledge Me”(Def Jam)G

□Newcleus“Jam On Revenge”(Sunny View)H

 ──ニュークリアスはいわずとしれた、マジアレのアイドル。マジアレのチビ声は、彼らにルーツの多くを負っている。

□Freestyle“It’s Automatic”(Music Specialists)I

□Mister Magic’s Rap Attack(WBLS-FM/NYのジングル)J

Afrika Bambaataa & Soul Sonic Force“Looking For The Perfect Beat”(Tommy Boy)K

Bob James“Take Me To The Mardi Gras”(CTI)L

 ──クロスフェイダーの切り方は、Davy DMXの“One For The Treble”(M)みたいだ。

□Peter Wolf“Lights Out”(EMI)N

 ──Michael Jonzun(O)のプロデュース作。

Afrika Bambaataa & Soul Sonic Force“Planet Rock”(Tommy Boy)P

いうまでもないが、この曲で聴かれる軽やかな主旋律、シンセのメロディーはスマーフ……Peyoのほんとうのスマーフのアニメーション音楽からの借用であり(Q)、冒頭のエディットはラテン・ラスカルズ(R)、もしくはトニー・ガルシア(S)のそれに迫らんとしてシーケンスされたものだ。また、サブ・タイトルの“808 MYTH APPROACH”とは、サン・ラーと彼のアーケストラ(T)からのもじりである。さらにつけ加えれば、マジアレのチップマンク声(U)=マンチキン声=チビ声は、ニュークリアスに勝るとも劣らず、マイクロノーツ(Micronawts)の“Smurph Across The Surf”(V)から甚大な影響を受けたもの……つまり、マジアレのいいぶんによれば「もうなんてか、好きで好きで。この12インチ・レコードと僕の宝物、ビリー・ホリデイ(W)の都合38枚のアルバム、580曲以上とは、ちょっと天秤にかけられないくらいなんだ! ボリス・ヴィアン(X)はさ、エリントン(Y)の音楽と女の子がいれば、ほかにはなんもいらないっていったそうだけど、僕は、僕の恋人と、ビリー・ホリデイと、“Smurph Across The Surf”があれば、ほかになんもいらないんだよね、ワッハハ!」なんだそうだ。ハ! まあ、私には知ったこっちゃないがね……(Z/私……筆者スティーヴンの近影。そうさ、かなり強引なA to Zだね!)。

 

*5 スマーフ渚をわたる

98年8月から99 年6月までの全11回に終わっている。ゲストにはTPfX、脱線3、中原昌也、LATIN RAS KAZ、下北バンバータ、全裸ロックなどおなじみの面々のほか、荏開津広、二見裕志、コスモ星丸(イルドーザーの石黒)、KZA、パンプ横山(!)、ロマン・ポルシェ、意外なところでは橋本徹(サバービア)もDJで一夜を飾ったという記録が残されている。マジアレによれば、アルバム・リリース後に再開されるだろうレギュラー・パーティーは「スマーフ“また”渚をわたる」として構想されるはずだとのこと。

 

*6 スマーフ男組の個性と発展

このタイトルは、ギル・エヴァンスのアルバム『The Individualism Of Gil Evans』の邦題のもじり。また、同アルバムには副題に、“NUEVO TIEMPO”(こちらはアストル・ピアソラと彼のキンテートのアルバム・タイトルのもじり)とつけ加えられる予定もある。いずれにせよそれは、15曲前後が収録されたアルバムとなるだろう。

 

*7 ぐずぐずしてすみません!

マジアレは 9・11以降、しばらく人が変わってしまったのかもわからない。アフガンとイラクの戦争を経て、彼は人生の底を右往左往し、しまいにはがっくりと、一時期は頭を下げたままになってしまった。彼はあまりに、ほとんどカマリロ病院で静養したまんまのような期間、つまり猶予のような期間を必要としすぎていたようだ。しかし彼は最近、散歩することをなによりの楽しみにしている(そのことについては、バッファロー・ドーターバイオグラフィー『303 Life』でも触れられている)。彼の生活そのものは、すぐさま、スマーフ男組にフィードバックされ、その音楽に敷衍されていくことだろう。彼のアウトプットはいま、へたくそな文章を書くことと、恋人にキスをすること、音楽をつくりだすことにしかないのだ。「『生活笑百科』のキダタローのテーマ曲って土曜の昼をうきうきさせんじゃん!? ああいう音楽をやりたいんだ!」──最近のマジアレはときおり理解に苦しむようなことを口走るが、私は、つとめて好意的にその言葉を受けとめようと思っている。

 

*8 マジアレのパスタ

こないだマジアレはきのこのクリーム・パスタを私にふるまってくれたが、悲しいことにその生クリームは脂肪分とそうでないものに完全に分離しており、いつもならよほどのことがないかぎり彼の料理をたいらげる私も音をあげてしまうほかなかった。つまり、彼のパスタは彼のDJとおなじで、失敗することもすくなからずある、ということだ。だが、私はこの場を借りて彼に強くいっておきたい。「なにを怖れることがあるものかい!」。