ステッカーが重なるMacを見て、大学四年間を振り返った話。その一

 相も変わらず、今晩も新宿のカフェで今日も仕事をしている。ここのところ、毎週末いるような気がする。いつから、ここに通うことになったのだろうか。最初は深夜の映画上映時間までの時間を潰すために来たのかしら。詳しくは覚えていない。今日はインターン先の壁にイラストが描かれている様子を見てたら、仕事を残して帰宅してしまったのだ。ベンチャーみがある。

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 「この壁はリッキーのMacみたいにしたいのよねぇ」と社員の人に言ってもらった。自分のMacは大学二年の夏に購入してから、ステッカーを貼り続けてきたので、ステッカーにステッカーが重なり、地層のようになっているのだ。一枚一枚を見ていると、自分の大学生活を思い出す。

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 ちょうどいい機会なので、ブログにこれまでの大学生活三年半をまとめておこうと思った。

 

大学1年

 入学と共に入った音楽サークルを夏休みが始まる前にやめさせられることになった。やめさせられる際の説教を隠し撮りして、あとで先輩にRemixしてもらって曲にして、Soundcloudに公開した。今から思うと、生意気で嫌な一年生だったと思う。

 その後、サークル無所属でヒマになって、夏休みはぶらぶらしていた。そんな中、Love and the Kraftsと失敗しない生き方というお世話になってた先輩のバンドが3マンライヴをするという話を聞き、下北沢のライヴハウスに赴く。そこで知らない唯一知らなかったアクトであった「ふるえるゆびさき」というバンドの演奏を観る。あまりにそのライヴがよかったこと、話を聞けば同い年であったことから、演奏後に声をかける。ちなみにそのときの演奏がこの動画。携帯を見ながら踊っているのが僕である。このとき、幾人もの友達に「ふるえるゆびさきのライヴがやばい」と連絡をしていたことをよく覚えている。「いつか彼らを呼んで、イベントを開こう」とも言っていったこともよく覚えてる。

 その後、なんやかんや遊んでた気がする。「大学生活を楽しまねば」「大学生活中に何かをなさねば」みたいな強迫観念に囚われては空振りしていたように思う。

 12月末に「渡邉公開処刑ナイト」というイベントを開く。当時、よく遊んでいた岐阜の大学生の渡邉くんを社会的に処刑するという名目で開かれた、DJイベントだった。当時、作成したNAVERまとめを読むと「RIKKYの軽はずみな思いつきから始まったこのイベント。名を連ねるDJたちは、インターネットを通して各々が渡邉元気に対して日頃から一言物申したいと切望してきた面々であり、今回このRIKKYの呼びかけに応えた」と書いてある。自分が開いたイベントなのに意味が分からな過ぎる。満足のいく盛り上がりに主催メンバー一同、やり切った後味が残る夜だったことをよく覚えている。

 大学1年の終わりに西麻布で「ELMER」というイベントを開いた。「違いは争いや差別ではなく、ロマンスを生むことを証明する」という先輩の言葉を受け売りをコンセプトとして、不定期開催するパーティーをスタートさせたのだった。前日にイベント当日が大雪ということが判明して、搬入の車が使えなくなったときの絶望的な気持ちとか、不安なまま始めたけど、お客さんが盛り上がって凄く嬉しかったこととか、最後にフリースタイル合戦になったこととか、たくさん覚えてる。gloomy、butajiさん、ふるえるゆびさき、どのアクトも素晴らい演奏で本当に有り難い気持ちでいっぱいだった。

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 その勢いのまま、春休みに京都でもELMERを開く。Maho little Bear、isgaen、笑う環境音楽、Ö、in the blue shirts、全員大学生でイベントをやれて嬉しかった。島田くんと笑う環境音楽とisagenと有村さんでB2Bをやって、黒眼鏡Gさんが盛り上がってくれてたこと光景が懐かしい。

 

大学二年

 大学二年になり、キャンパスが都心になり、さらに週に六回、朝から夕方まで授業が有るという生活を送ることになる。今から考えると、どうしてそんな暮らしを送れたのか不思議だ。授業の時間の都合でそれまでの塾講師ができなくなったので、バイラルメディアのライターを始める。記事執筆にMacが必要だったのだが、当時はMacを持っていなかった。大学のiMacや六本木の雑居ビルにあるオフィスでMacを借りて、しこしこ記事を書いていた。今では複数人が働くようになった、その会社であるが、当時はオフィスには社長一人しかいなかったこともあって、よくオフィスに遊びに行って、色んなことを社長から教えてもらった。ITに疎かった自分に色んな知識へ興味を持つきっかけを与えてくれたのは、このときの社長だった。

 そして、また夏がやってくる。今度は渋谷でELMERを開くことになる。Soleil Soleilこと優作さん、ナツノムジナ、Carpainterのライヴ、同世代の人たちの演奏で盛り上がる空間を見れて、感無量だった。一緒に主催していた友達がお客さんに肩車されていたこと、フロアの雰囲気に手応えを感じたこと、この日のこともたくさん覚えている。

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 この夏は長い夏で、このイベントを開いた後に、アドテクの会社の短期インターンに行って衝撃を受けたり、シェアハウスを始めたりすることになるのだが、長くなったので、その2に続く。僕の大学生活序盤は音楽へと傾倒していたが、この夏に少しずつ変わり始めるのだった。