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七夕、だからと言って何てことない普通の一日の話。

 内定祝いとして頂いた資生堂パーラーのチョコとチーズケーキを摘み、家の前の自販機で売ってた「ベリーと天然水」という名の世界のKitchenからの新製品を飲みながら、この文章を書いている。時間は2時51分。明日の朝も早い。だけど金曜日なので何とかなる気がする。

目の前で同居人のイタリア人が手に入れたばかりのパソコンを前に首を傾げている。僕の耳にはイヤホンから韓国人が作った細野晴臣が関わった曲で作られたmixが流れているので、彼が何と言っているかは分からない。僕の耳は彼の疑問よりも、いしだあゆみ&ティン・パン・アレイ・ファミリーの曲を優先している。

なんだか今日は素晴らしい日だったように思えるので、明日の朝も早いのに久方ぶりにブログに日記を書くことにした。1カ月前から「1993年生まれがマッキントッ書について調べてみた」という記事を書こうと思っているのだが、何だか仕事以外にキーボードを叩く気が沸かず、持ち越しとなっている。今回の日記がその記事を書くターボになればいいのだが…。

 

 バイト先の昼休み。銀座の鉄板焼き屋でお肉を食べた。味噌汁の器が湯のみで驚いた。食べ終わると別室に案内され、何かと思うと、その部屋で珈琲を飲む手順となっていた。銀座はふらっと入った店でたまにこんなふうに思いもよらないお洒落に出くわすことが多い。去年の夏はビーサンに短パンで出社していたが、今年の夏はそういう訳にはいかなそうだ。街が許してくれなそうだ。

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 ランチを終え、仕事に戻る。大学生にとって、夏は最もオフィスワークが心地いい季節だと思う。外は暑い。家でクーラーにあたっていても何をする気力も起きない。一方、オフィスはクーラーも効いているし、外に出なくても飲み物もお菓子も買える。そして生産性が高まる。そんな理屈で去年は恵比寿で沢山働いていた気がする。今年の夏も沢山働くことになりそうだなぁ。インターン先の合宿は片瀬江ノ島にて行われ、初日は喫茶店をまるまる貸切らしい。

 仕事の帰り際にパン屋で働いている女子大生に聞いていた質問が返ってきた。パン屋で働くとどうなるか?と尋ねていたのだが、彼女いわく、人はパン屋で働くと下記のようになるらしい。

・幅広い人種に出会うことで、キャパが広くなり、ひとに対して寛容になれる

・パン美味しいからひとにわけあたえたくなり、ひとに対してやさしくなれる

・強い見た目でかわいいパン買ったりするお客さんがいるので、ひとを見た目で判断しなくなる

パン屋で働く人間として、120点の解答ではないだろうか。他にも何人かのパン屋で働く女子大生にも同じ質問をしたが、皆、一様にパン屋で働いている人は優しそうな解答であった。恐るべしパンの力。自分もパン屋で働けば、もっと人に優しくなれたのかもしれないと思った。

 

 

 19時にオフィスを出て、赤坂へ向かう。もう1つのバイト先が七夕ということで短冊を実施していたからだ。20時から晩ご飯の予定があったのだが、折角の機会、季節ごとには乗っておいたほうがいいと思った。「卒業するまでに赤坂の会社でやりたい仕事の依頼が来るように」と願い事を短冊に書いた。slackを見ると、土曜日の朝にミーティングを開くことが決まっていた。行かなくても良いミーティングなのだけれど。インターンが会社のことを好きすぎて笑う。フライヤーも作られていた。

 

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 笹に短冊を結び、そそくさと赤坂を出る。新宿三丁目へ。中華料理屋で自分と自分の友だちの内定を先輩方に祝っていただいた。その際に貰った資生堂パーラーのお菓子が冒頭に摘んでいたものの出処だ。出版業界やグラフィティーの話で盛り上がる。僕がラメルジーの説明をするために「アルファベットが戦闘機になるんですよ」という言葉を使うと、目の前に座る先輩が不思議そうな顔をしていた。理由を尋ねると、ダダ宣言の冒頭にある「ABCは123を電撃する」という言葉が先輩のお気に入りのフレーズらしいが、その言葉にここ数年の中で最も近いものを感じたのが「アルファベットが戦闘機になる」というフレーズだったらしい。一方の僕は「ABCは123を電撃する」という言葉を知らなかったため、検索してみた。すると、望むような検索結果は出ず、どうやらそのフレーズはネットにない、あるいは奥底に埋もれているようだ。そして「もしかして?」という予測検索ワードに「ABCは123を電マする」という言葉が転がっていた。何故、「電撃する」が「電マする」に負けるのかはよく分からなかった。ちなみに「ABCはは123を電マする」という言葉の検索結果も、検索ワードどんぴしゃの文章はなく、微妙な結果であった。

 

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 そう言えば、先輩の家から駅にまで行く道の途中に、パン屋があるらしい。そのパン屋の開店の時間に合わせて出社するようになってから、規則正しい生活を送れるようになったらしい。パン屋はやはり偉大である。

 

 ほかにはパンチカードの話をした。パンチカードは1801年にフランスで生まれ、当時は自動繊機を制御して複雑な布を織るために使用されていた。そして、19世紀末にパンチカードを情報の格納庫として利用する者が世界中で現れた。例えば、19世紀末のアメリカは大規模な移民の受け入れにより、1880年の国勢調査が1889年になっても集計が完了しないという問題を抱えていた。計算している間に人口が大きく変動してしまう、この状況を解決したのパンチカードによる集計マシンで、これによって集計のスピードが10倍になったという。当時は手書きで記録を取り、それを事務所に持ち帰ってパンチカードに転記するという手間を踏んでいた。そのシステムには集計機自体も1回1回人間が処理の仕方を設定する必要があるなどの欠点があった。それでも、その圧倒的な処理能力は「驚異のテクノロジー」と賞賛され、様々な分野で使用されていくことになった。そして、パンチカードの「1行 80項目(桁)」という標準はFORTRANを筆頭としてその後のプログラミング言語にも長く受け継がれていくことになったという。そして1896年、この事業のために作られた会社が現在のIBMの母体になったのだ。そんなパンチカードの進化系がフロッピーである。マッキントッ書を調べている中で、フロッケのことを調べていたのもあって、フロッピーの魅力を語った。下に貼ったのは「GAME ON ~ゲームってなんでおもしろい?~」で見かけたパンチカードの写真。

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 宇川直宏の特集が組まれている雑誌を今度見せて貰う約束を交わし、一人で歩く帰り道。新宿三丁目から高田馬場へ帰る。僕は歌舞伎町や新大久保の雑多さが嫌いじゃない。夜や朝に散歩するには気持ちいい道だとさえ思っている。ゴミやダンボールで汚い街を見ると、人が生きていている様子を感じることが出来る。

 道中、中華屋に居た際に届いた友人や仕事先からの連絡を返す。一人の友達から「リッキーー!ほんとごめん!」という連絡が届いていた。ここ2か月ぐらい、いつものようにネットで見つけた面白い情報や仕事の連絡を彼女に送っていたのだが、返事が返ってきていなかったのだ。普段、そういうことがあると「あれ、嫌われたかなぁ」とか「返事返せよ」とか思ったりするんだが、今回に関しては全く何も思わず「まあ忙しいんだろう」と思った。そして変わらずシェアしようと思った情報を送っていた。そんな彼女から連絡が戻ってきたのだが、どうやら返事が出来ない事情があったようだった。でも特に何とも思っていなかったので、なんとなく「信頼の形」ってこういうものなのかなぁと思った。普段、自分が人を信頼していないみたいだが、自分は人に期待することが苦手なのだ。そんなこんなで彼女と夏休みに東京の雑居ビルの屋上を巡る話や就活が終わった報告をしているうちに家に着いた。

 

 最近、仕事で色んなところに文章を書いている。そうして気付いたのだが、自分はどうやら文章を書く行為が特段好きな訳ではない。そして得意ではない。だが、こうやって睡眠時間を削って、未来の自分に2016年の7月7日のことを伝える方法として文章はなかなか悪くないかもしれない。いつだって昔のブログを読み返すと、文章が下手すぎて辟易とするのだが、そんなパンチカードに処理できない、雑みの有る情報を残しておくのも悪くないかもしれない。その未熟さ含めて、いつかまた今日のことを思い出すだろう。歌舞伎町や新大久保の道端にゴミが溢れる様子が嫌いじゃないことも似たような話なのかもしれない。