冬はやたらと感傷に浸ってしまう、あるいは今年を振り返ってみると何も残らなかった話

 急に寒くなった温度を肌で感じたり、炬燵で同居人が寝ている様子なんぞを見てたり「いよいよ年の瀬だな〜」と思うと、去年の年末に遊んでいた友達のこととか前に住んでいた家のことを思い出して、去年の秋〜冬に書いてたブログを読んでた。

読んだ結果、「何か色々頑張ってる・・・!!!」と驚いた。今年一年間を振り返ると、恋愛とインターンばっかりしていて、何をやっていたんだろう感がすごい(それはそれで楽しかったし、得るものもあったにせよ)。精力的に活動することだけが全てじゃないとは思うけど、どういう大学生になりたかったかを見失っている気がする。そうこうしている間に大学生活は残り一年で惜しいことをしたな〜って気持ちで一杯で「時間て残酷やな」とか声に出して、クソダセ〜〜〜と思った。

 あとトレインスポッティングは有名な便器のシーンより朝方(違うかもしれない)に皆で山に行くシーンが印象的で高校生の頃に「何か朝まで遊んだあとに山までふらって行くのお洒落やな」って思った記憶がある。その山のシーンとかSEXした高校生の女の子の家族と朝ごはん食べるシーンとかをよく覚えてるのだけれど、どうにも空の色が寒そうで、年末になって冬が本格し始めると、この映画のことを思い出すことが多い。

 そんな冬の早朝が僕は好きで、その中でもお昼なのにどこの店も閉まっていて、人通りが少ない年末年始の住宅街の景色の空気が特に好きである。頭がリフレッシュするような気がする。

 都現美に行くときにしか降りない、清澄白河はいつ行っても閑散としていて、冬は常に年末みたいな雰囲気がして歩いて気持ちいい、好きな街だ。先日、今、やっている「TOKYO 見えない都市を見せる」展に行ったときも変わらずそんな雰囲気だった。その展示の中にあった岡田利規氏の作品がすごい良かった。今回の展示で彼は東京を「幼児成熟」した街だと捉えており、東京の今を、かつては空を飛んでいたが効力が切れてもう飛べなくなってしまった魔法の絨毯に喩え、80年代から今日までの東京の姿を消えてしまった「消えてしまった神話」として創作しているのだ。その神話があまりにも完成度が高く、80年代〜今の東京に関する本を最近読んでいることが多いこともあって、大変興奮した。

以下にその神話を引用しておく。

これはかつて魔法のじゅうたんであったらしい

当時はこれに乗っかってどこまでも高くどこまでも遠くへ飛ぶことができたそうだ

このじゅうたんは当時のひとびとにこのうえない心の昂ぶりをもたらしていたという

もっとも当時実際にこれを乗りまわし空を飛ぶことができたのはごく一握りの特権所有者だけだったといわれる

にもかかわらず当時のひとびとは一般の庶民も含めみなこのじゅうたんの上に乗っているかのように感じながら日々を過ごしていたと伝えられている

実際に載った一握りの者たちの話を見聞きしあるいは彼らの書いた文章を読むことであたかもそれを追体験しているようにおもえたそうだ

じゅうたんの飛ぶ姿を眺めることとそれにそれに乗っていることとがほとんど等しいように感じれていたということらしい

空を飛ぶじゅうたんの上からみた光景はことごとく輝いて見えたといわれている

当時魔法のじゅうたんのもたらす昂ぶりのなかで過ごしていた者は誰一人としてなぜこれをこれが空を飛ぶことができるのかという原理にについてはほとんどまったく意に介さなかったらしい

いつかこれが飛ばなくなるときが来るのではないかという不安を抱く者はごく少数しか存在しなかったしそうした心配はまともに請け合われず一笑に付されていたとのことだ

ところがやがてこのじゅうたんはそのきっかけは不明だがしだいに飛ぶ力を失っていった

そしてあるときぱったりと空を飛べなくなったのだという

このときひとびとは喧々諤々議論をしたらしいなぜ飛ばなくなったのか?

どうすればふたたび飛ぶようになるのか?

そもそもこれまでこのじゅうたんは一体どういう原理で飛んでいたのか?

さまざまな人物が人前にあらわれてはいろいろともっともらしいあるいは斬新な説明をあたえたそうだしかし多くの支持を得るにいたった

そのうちのいくつかの説明がたがいに矛盾し合っているといった事態も珍しくなかったといわれてる

それからしばらくして突如このじゅうたんが空を飛ぶ魔法の力を取り戻したという当局からの報せがながれたその報せをうけてひとびとは大いに湧き喜び合ったと伝えられている

ところがその報せはあやまりであるという別の筋からの報せもほどなくしてながれた

そちらのほうの報せははじめのうちはまともにとりあう者はほとんどいないようにみえた

しかしどこからかこの報せの信憑性を裏付けする多くの証拠がおしよせこの報せはいつのまにか予想外の説得力を持つにいたった

このことがひとつの大きな契機となってひとびとの間に認識の不一致がおこり混乱が生じた

そしてこのときの混乱がそのまま現在にいたるまで引き継がれているのだと考えるひとびとも少なくない

さてこうした一連の出来事があったそのずっと後の世に生まれ現代という時代を生きているわたしはどうがんばってみてもこれが空を飛ぶじゅうたんであるとおもうことはできない

そんなことを信じこんでいたひとびとがかつていたのだと想像することさえぶっちゃけむずかしい。

 

文化研究的な都市論(特に東京(更に特に言えば渋谷))をやろうとゼミに入ったのだが、本を読んでいると既にやり尽くされており、また現代の文化研究をやろうと思えばインターネットについて語らざるを得なく、そうなってくると都市から離れてしまうこともあって、方向性を見失っていた自分の状態もあって、ひどく感銘を受けた。そもそも自分の心理状態や日々のことをこうやって公開することの浅ましさ、「誰も興味ないものを書いても仕方ないだろ・・・」と思ってブログを書くことはなかったのだけれど、ブログにしているから読み返して気付くこともあるなーと今回思いたち、いつでも読み返せるためにこのブログを書いておいた。

 「TOKYO 見えない都市を見せる」展は他の方々の展示も素晴らしかったし、これからやりたいことのアイデアを見つけることも出来たのでよかった。おすすめす。

来年は後悔しない一年にするぞ〜!!!

て訳でまた定期的にブログ書く生活に戻ろうと思う。

 

f:id:rikky_psyche:20151127023518j:plain

f:id:rikky_psyche:20151127023534j:plain

f:id:rikky_psyche:20151127023514j:plain

f:id:rikky_psyche:20151127023615j:plain

f:id:rikky_psyche:20151130062415j:plain