自分たちのパーティーを終えて、問題のあるレストランを観ていたら泣きそうになった、あるいは違いは争いや差別ではなくロマンスを生むことを証明する話

 先日、散々告知してきた僕達が主催するパーティー「ELMER」の四回目を終えた。

今回でELMERは一周年を迎える。正直なことを言うと、本当に沢山の苦労があった一年だった。この一年、このパーティーを通して、多くの壁にぶち当たり、また自分の無能さを痛感した。こんなにもパーティーを続けていくことが大変だとは思わなかった。それは客観的に観たら、大変でもなんでもないことかもしれない。けれども僕、また僕らにとっては大変なことだった。いつもいつも「もう二度とやらない」って気持ちでパーティーの当日を迎えた。無事に開催出来たこと自体がギリギリなことも多かった。

2月20日。ELMER #4 の前日にELMERの主催である僕と島田は「ひとまずここでELMERを一区切りにしよう」と話し合って決めた。僕ら自身、現状のELMERというパーティーの形式に限界を感じていたこと、このまま続けていっても破綻することは見えていたというのが主な理由である。

「もしかしたらこれで僕らがパーティーを開くのは最後かもしれない」。2月21日24時を僕と島田はそんな気持ちで迎えた。

けれども案の定、今回もめちゃくちゃ楽しかった。いつもいつも僕と島田が一番楽しんでいる自信がある。普段の生活の中では絶対に交わることない自分の友人同士が自分たちが用意したパーティーで知り合い、仲良くなっていく過程、この夜を迎えるまでは互いの存在すら知らなかった人たちが肩を組んでいる光景。今回も僕らが観たい光景を観ることが出来た。

「違いは争いや差別ではなく、ロマンスを生むことを証明する」

 

「違い」が生み出す美しい調和。

交わることない直線で生きてきた人々が〝俺たち〟になるときの興奮と煌き。

そしてやがて朝日が眩しく登った頃に、夜が終わり〝俺たち〟は〝俺〟に帰る。

それでも一人ひとりの頭のなかには〝俺たち〟の記憶は残る。

それだけで昨日とは少しだけ違う自分になれるんじゃないだろうか。

 

ディスコという場の確立以来、より明確に成り立ったダンスミュージックのシステム。

エネルギー循環、コンサートではなくパーティーという観念。

傍観者から参加者へ。

絶対的なスターよりも友達の笑顔。

世界の消費者ではなく、ほんのちょっとした何か。

告知の文章で書いた、このコンセプトは今回も遊びに来てくれた人たち、演奏してくれたバンド、盛り上げてくれたDJの方々、手伝ってくれたスタッフ、箱をいつも快く貸してくれるgeegeの方々のおかげで実現することが出来た。本当に感謝の気持ちで一杯だ。 沢山の人に「続けたほうがいいよ」と言ってもらえた。何人かに「出させてよ、俺達を」と言ってもらえた。何より僕と島田のやる気が充電された。来月の#5 より先のことは分からないけれど、新体制で2015年も「おいっ!パーティーやんぞ!」と言い続けたい。

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そんな夜を終えて、何も予定がない翌日に僕は問題のあるレストランの第六話を観た。

問題のあるレストランはここのところ、凄まじい熱量で僕と同居人が観ているドラマであるのだが、今回もよく出来ていて、何度も泣きそうになった。

詳しくは僕が敬愛するブロガーであるhikoさんが書いているので読んでもらいたい。


坂元裕二『問題のあるレストラン』6話 - 青春ゾンビ

上記のブログでも語られているのだが、それぞれの傷つく出来事を乗り越えた三人の女性たちが、理解出来る訳がないとドラマが始まった当初は互いに思っていた三人が、今回の最後で「シューベルト」という意外な共通項を発見したことにより、相互理解へと走りだす。共通項を発見した三人は公園のベンチでiPhoneから流れるシューベルトをイヤホンで交互に聴く。そして一人が他の二人に聞こえないぐらい小さな声で

「生きててよかったな、生きような」

と呟く。この何気なく人生に訪れる、かけがえのない瞬間に僕は泣きそうになってしまった。

 

このドラマの主人公である女性たちはそれぞれ全く違う事情で苦境に立たされた者たちだ。主演の田中たま子(真木よう子)もこのように言っている。

この店の従業員には、それぞれ別の想いがあります。目標も違います。居場所を探して、たどり着いた人もいます。子どものために働こうと決めた人もいます。何かに逆らうようにして働いている人もいます。私は、私の友人の夢を叶えるためです。

その立場の違いから最初はどう考えても不協和音しか奏でられないチームであったのだが、たま子は徹底的に相手を理解しようとする。自分の恋敵であったはずの相手でさえ理解しようと奮闘する。対して、ライバルのレストランのシェフである門司誠人(東出晶大)は従業員を理解しようとしない。というよりも興味が無い。その対照的なチームをこの物語は描くのだが、当たり前のように門司誠人のチームは少しづつ不協和音を奏で、田中たま子のチームは少しずつ綺麗な演奏を奏で始める。その推進力になっているのがリーダーである田中たま子の理解しようとする気持ちに他ならない。

僕はELMERで描きたかったものがこのドラマでも描かれているように感じずにはいられなかった。

五話で田中たま子はこのようなセリフを放つ。

今日みたいな夜が明日、明後日、明々後日ってだんだん増えていって、それがどんどん結果になっていって今日みたいな夜がまた来るかもしれないと思えたらもうこんな素敵な仕事ないじゃないですか!

僕らは辛いことや苦しいことや不安を抱える人生を常に生きている。そういったことを感じてしまうことに対する憤りを覚えている友達も僕の周りにはいる。だが、だからこそ、そういったことがあるからこそ、僕がELMERで観た光景やシューベルトをイヤホンを交互に交換して公園で聞いた光景が、日常に紛れ込む特別な瞬間が引き立つのではないだろうか。そしてそういった光景を少しずつ拾い集めていくだけで人生は充分素晴らしいものなのではないだろうか。

引用に次ぐ引用ばかりだが、田中たま子もこう言っている。

不安は人生を楽しむためのスパイスです。

いつかきっと訪れる、かけがえのない瞬間を拾うために明日も頑張って生きよう。

そして僕もこれからも沢山の苦労があるだろうけれど、パーティーを続けよう。

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