読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

2014年を振り返って

2014年を振り返って、この一年においてこれが大きかったな−と思うことをが3つ。どうせなら書いて残しておこうと思った。

 

1 ELMER

まずは今年大きかったことととして、自分と幾人かの友達でELMERというイベントを始めたことが大きかった。コンセプト名の「違いは争いや差別ではなく、ロマンスを生むことを証明する」は僕が高校生のときに憧れていた先輩が大学生のときにやってたイベントのコンセプトをお借りした。自分で考えたコンセプトではなかったので「違いは争いや差別ではなく、ロマンスを生むことを証明する」という言葉の意味について、よく考えた。「違い」をネガティブではなく、ポジティブに捉えるとはどういうことか。「違い」のいいところって何だろうか。そんなことをよく考えた。このパーティーは卒業するまでは定期的にやっていくつもりで、僕が卒業したらやめるつもり。大学生活中四年間通してやっていたことは何ですか?って質問に答えれるものを始めることが出来てよかった。2014年は3回しか出来なかったけど、来年は4か5回はやりたいところ。

去年の年末はバイト帰りにいつも歩いてたひと駅分の道のりでずっとパーティーの名前を考えてた。どれもありきたりな名前でしっくり来るのが全然なくて、諦めかかってたときに「エルマーとりゅう」という絵本のことをacidkazzさんとarimuriさんがtwitterで話していた日のことをぼんやりと思い出して、「ELMER」って名前なら完璧だと思ったときのことをよく覚えている。これはきっと自分たちの青春になるからジュブナイルな雰囲気の名前が良かった、これからワクワクする冒険か夜が始まるそんな名前にしたかった、それが全部つめ込まれているように感じたのがELMERという名前だった。

イベント名がELMERに決まった後に「エルマー」で検索すると、ぞうのエルマーという有名な絵本があることを知った。あらすじを見てみると「主人公の象エルマーは白、赤、黄色、青、緑、紫、黒などの様々な色がパッチワークのようになったカラフルな体をしている。性格は陽気で楽天的、そしていたずらも好き。他人と違うことの悩み、自分らしさの大切さなどを伝える内容になっている」ということだった。ELMERのコンセプトと共通する内容で、よく出来た話だと思った。

 

2 感染園

8月の終わり。夏休みが中盤に差し掛かった頃、朝方5時ぐらいの満喫で「引っ越ししたいなー」と呟いた数十秒後に友達が「男三人で住んでいたのだけれど、夏休みの間は一人なので誰か居候しないかなー」と呟いてたのを見た。全くの偶然だったのだけれど、これは天啓だと思って、ニ、三時間後には生活必需品を持って彼の家、通称「感染園」に行ってた。その後、残りの家の住人も帰ってきて四人になったので、元の家に戻ろうと思ったのだけれど、「リッキーも住んじゃえば?」とのことになり、今に続く。

この家に住んでよかったと思うことが3つ。

まず最初は自分が面白いと思っている同居人たちと日夜意見交換が行えるということだ。このことは自分だけの考えだけじゃ限界があることにいくつもブレイクスルーを果たしてくれた気がする。自分の意見に対する友人の意見を取り入れ、更にそこからまた自分で考えて、考えを切磋琢磨させていく過程が楽しかった。同居人に自分の考えを話して、その考えが「面白い」と認められたら、それまでよりその考えに自信が湧いた。映画の感想から人生観から時事評までその範囲は広かった。面白い先輩となら、自分が未熟過ぎて、聞いてばかりになってしまうのでこういった友人たちと住むことが出来てよかった。

2つ目は不意の出会いが増えたこと。例えば、朝起きてみると隣で知らない人が寝ていて、そこから話すようになったみたいなことだ。この家に呼ばれる人たちは僕の同居人が呼んだ者であることは間違いなく、その時点でその知らない誰かのことを僕が面白いと思っている友人が面白いと思っていることで、だから僕にとっても面白い人である訳で、何だか「面白い」ばかり言い過ぎて、よく分からなくなったけど、要は面白い人と知りあえてよかった。「自分が面白いと思う人が面白いと思う人は面白い!」という先輩の言葉を身にしみて感じた。ただそれに対して「自分が面白いと思う人にとって自分は面白いのか?」って問題はまた別で、面白いと思う人に面白いと思われるように頑張らないとってよく思った。

3つ目は不意に入ってくる情報が増えたこと。例えば、同居人が借りてきたDVDを観たら、一年振り返っても重要な一本になるぐらいに面白かったこと、家の棚にある僕が買った訳ではない本を読んだら、考え方が変わるぐらいに面白かったこと、そういったことが幾度と無く数えきれないぐらいにあった。自分だけじゃ何十年後かに出会ってたかもしれない面白いもの、もしかしたら出会わなかった面白いものに出会わせてくれた。自分が面白いと思う人が面白いと思うものもだいたいは面白いということを感じた。

 

3 三田キャンパス

僕は通っている大学は文学部だけ二年でキャンパスが変わる。他の学部は三年からなのに。このシステムは結構な割合の文学部生から不評である。でも僕はこのシステムにけっこう感謝している。文学部でよかったと思うぐらいに。文学部の人たちは一年生の頃のコミュニティーの大多数が他学部で占められていたことも多く、皆、キャンパスにそこまで友人が多いわけじゃない。だから、誰しもが少しの新しい出会いを求めていて、そのおかげで今年も多くの友人が出来た。キャンパスで友達に挨拶する機会が増えた、最初は一人も知り合いがいなかった二年時から振り分けられた専攻で友人と授業を受けることばかりになった。今、思い返せば一年生のときは授業なんて殆ど一人で受けていた。専攻の友人と忘年会をしていたら、来年から殆ど授業が被らないことに話題に登ったとき、寂しくなった。また三年生の仲いい友達も出来たりした。夜の路上で話していたら、気付いたら朝になっていたことも何度もあった。三田キャンパスに二年生から移ったおかげで新しい友人に囲まえれて一年間過ごすことが出来た。

 

以上の3つが僕にとって今年は大きな出来事だった。

夏に居候し始めたての頃に同居人から教えてもらった「複雑系」という概念がある。wikipediaから抜粋すると「相互に関連する複数の要因が合わさって全体 としてなんらかの性質、あるいはそういった性質から導かれる振る舞いを見せる系であって、しかしその全体としての挙動は個々の要因や部分からは明らかでないようなものをいう。」らしい。僕自身もよく分かっていないのだが、簡単に言うと、例えば蝶の羽根の一振りが竜巻を生むことに繋がる、「バタフライ・エフェクト」という現象がある。これは蝶の羽根の一振りが及ぼした影響が複雑に作用反作用を繰り返し続けた結果、竜巻が起きるということである。つまりこの竜巻は蝶の羽根の一振りだけでなく、原因が多重に絡み合った結果として生まれたものであるということである。このように最早解析出来ないほどに原因が複雑に絡み合った後に結果が生まれることを「複雑系」というらしい。間違っているかもしれないけど、あくまで僕の解釈はこれ。

我々はよく1つの「原因」が1つの「結果」を生むとして物事を捉えがちだ。だが実際の現実はこの複雑系という概念のように「原因」が複雑に絡み合った末に「結果」が生まれる。この概念を知ってから、物事の捉え方が少し変わった。うまくいかない現実の原因探しをむやみにすることをやめた。結果を受け止めて、消化して今やるべきこと考えれるようになった。こないだ「現実は上手く行かなから面白い」って考え方を聞いたとき、そんなことないだろ、現実は上手くいくようにしないと、なんて悲観的なって思った。けれど案外、現実はうまくいかない、だからそこから学ぶことが出来るのかもしれないし、そのほうが面白いと言えるのかもしれない。

一年間を通して、最高に楽しい瞬間、知りたくなかった事実、あとから振り返ったときに僕はこれを青春と呼ぶのだろう、いくつもの出来事があった。大学生活は多くの人にとって社会に出る前の最後のモラトリアムである。だから人生においての青春として捉えて、生活を過ごすことが多いように思える。生きていながらメタ的に「青春」と定義づけれれた特殊な時間である。だから後悔しないようにうまくいく青春を過ごせるように頑張ったり悩む人が多いと思う。だけど案外、現実はうまくいかなかったり、コントロール出来なかったりする。でも人生は複雑系で原因は分からないものだから、そんなのは当たり前だ。その結果を受け止めて、しっかりと自分の頭で考えていくことが大事なんじゃないかな、と思う。行動の後に思考が追いつくのである。来年もまた多くの結果があるだろう。その結果から原因を探すのではなく、次に繋がる何かを見つけていきたい。

 

有名な曲だし、旧譜だけど、今年一番聴いた曲


futsu no koi - YouTube

 

PS

このブログは不定期に文章を書くものにしようと思って、もっとコンセプチュアルなブログを始めることにしました。以下がそのコンセプチュアルなブログの概要。2月ぐらいから始めると思いますので、読んでくれると嬉しかったりします。

僕がまだ大阪にいて高校生だった頃、東京の大学生はお洒落で格好いい暮らしを送っている人たちの集まりだと思っていた。SNSを通じて流れてくる、東京の大学生の暮らしに憧れていた。そういう憧れがあって、僕は東京の大学に進学し、無事に面白い友達も沢山出来た。

そんな生活にも慣れた頃に川勝正幸の「ポップ中毒者 最後の旅」を読んで、ウォレス・バーマンという人のことを知った。彼は1950年代半ばから70年代半ばにかけてロサンゼルスを舞台に活躍したアメリカ人アーティストで、「東海岸アンディ・ウォーホル、西海岸のウォレス・パーマン」と言っても過言ではない人物であるらしいのだが、世間的にはあまり知られていない。そんな彼が55〜64年まで発行していた小冊「SEMINA」にまつわるエピソードが僕はとても気に入った。「SEMINA」は全部で9号発行され、中身はどの号も自分の周りの友人を多くのアーティストを巻き込んで手作りでコンパイルされたアート作品集であったらいい。そして登場したメンバーはウィリアム・S・バロウズアレン・ギンズバーグチャールズ・ブコウスキー、マイケル・マクルーア、ディーン・ストックウェル、ウォルター・ホップスなどその後、華々しい活躍を収めていくアーティストたちだった。この小冊子は仲間に無料で渡されるか、郵送されるか、委託販売されるかのみで流通し、100〜350号ほどしか刷られなかったらしい。だがしかし、登場したメンバーのその後の活躍もあって、現在は国立スミソニアン博物館に保存されている、という話だ。
どついたるねんというバンドの歌詞に「俺の友達、面白いっしょ?!」という歌詞があるが、このウォレス・バーマンという人はまさしく「俺の友達、面白いっしょ?!」と雑誌にコンパイルしていってたら、それがまだ無名だった仲間たちの才能を発見することに繋がってしまった人なのだ。

僕もこのように自分の周りの面白い友達を紹介したいとぼんやりとこの話を知って、思うようになった。そこで色々考えた結果、僕個人が「面白い」と判断した友達と一週間に一度、ご飯にいって、最近何をやっているかとかどんなことに興味を持っているかとか尋ねて、ブログの記事にしていこうと思った。そのブログで、僕が高校生の頃に感じていた「東京の大学生ってめちゃくちゃ面白いじゃん!」という感情を多くの人に抱いてもらうことが出来れば、と思う。

「自分が面白いと思う人が面白いと思う人は面白い!」。先輩から聞いた多くの言葉の中でも特に好きな言葉の一つだ。そのブログを読んでくれるかもしれないあなたの「面白い」と僕の「面白い」が重なるところがあることを祈る。