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ピンクの熊が歩いたPostPetは今

家に溜まった古雑誌を相も変わらずパラパラとめくっていると、2002年11月の広告批評に懐かしいCMを見つけました。


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ADSL三ヶ月無料を推すこのCM。この十二年間でのインターネットの進化を感じずにはいられないCMだ。

そしてこの映像を見て思い出したのが、PostPetのモモ。

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今でもso-netのCMに登場していてキャラクターとしては現役のモモだが、現在、モモのソースであるPostPetはどうなっているのだろうか?気になったので調べてみることにした。

まずはPostPetを知らない人のために、そもそもPostPetとは何なのか説明するところから始めようと思う。

97年のリリース当時のニュース記事ではこのように説明されている。

PostPetは、使っている人同士が、各自飼っているペットを使ってメールを送受信して楽しむソフト。そのため、パッケージには同じCD-ROMが2枚入っており、PostPetを持っていない友人にプレゼントできるようになっている。

http://internet.watch.impress.co.jp/www/article/971127/postpet.htm

この説明じゃ伝わる気がしないので、もう少し説明するとプロパイダがメールサービスを提供していた時代に生まれたこのサービス、というよりメールソフトがPostPetだ。概要はというと、ピンクの熊の「モモ」をはじめとする可愛いキャラクターたちが、メールを運んできてくれる様子が画面に写っており、メールでのコミュニケーションにゲームとアプリケーションの要素が組み合わされたものであった。

2012年にPostPetの開発者である八谷和彦氏に行われたインタビューを読んでみたところ、「テディベアがメールを運ぶ」という夢が原点になっているサービスだったようだ。


『PostPet』産みの親に聞く、時代に先駆けたソーシャル・コミュニケーションの作り方 【連載:匠たちの視点-八谷和彦】 - エンジニアtype

 

平成五年生まれの僕は97年当時の光景は知りようがないが、2000年頭の光景は母親がやっていたため、よく覚えている。この頃はフルポリゴン化も果たし、このような光景になっていた。

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 その後、度重なる改良が加えられ、2008年にはソーシャルメッセージングサービスにリニューアルした。その様子は当時、GIGAZINEでも取り上げられている。

ちなみに画像から確認しただけだが、 amebaピグのようなサービスであった模様。

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あのポストペットが帰ってきた!無料で始められる「PostPet 4you」でかわいいペットを飼ってみた - GIGAZINE

 

その後、モモのDSソフト発売や上記のソーシャルメッセージングサービスの終了等色々あった結果、 去年、 so-netのメールサービス自体も停止し、このPostPetはモモがso-netのCMに映るだけとなってしまったようだ。

 

2011年にはtwitterAPIを利用して、クライアントサービスを始めようとしたが頓挫してしまったようだ。開発画面はYoutubeで確認できるが、 twitterをこれでやるとは到底思えないサービスであった。 

 

単純にメールするのではなく。メールとメールの間の媒体にキャラクターと仮想空間を設定したのは日本ではこのサービスが最初ではないだろうか?少なくとも一般的にヒットしたのはこれが最初であることは間違いないだろう。 現在のSNSを日本で最も先取りした形がこのPostPetではないだろうか、と何となく思い返してみて考えた。

 

そういや前述のインタビューでも触れられているが、八谷和彦氏はメガ日記というプロジェクトを十七年前に行っている。これについて前述のインタビューを引用する。

「ネット上に綴られたさまざまな人の日記を集め、時系列に沿って読む」。これは、今われわれが慣れ親しんでいるTwitterの話ではない。さかのぼること約17年前、100人のユーザによる100日間限定で実施されたあるアート・プロジェクトの話だ。

そして八谷氏はこう語っている。

「『メガ日記』っていうんですけど、このプロジェクトを実施したのは1995年のことで、ちょうど阪神淡路大震災が起こった年でした。震災直後からネットの掲示板には、被災者の経験談が上がり始めていて、それらを読んだ時、燃えさかる街の空撮映像以上に震災のリアリティを感じた。それがこのプロジェクトをやろうと思ったきっかけです。

見ず知らずの人の生活がうかがい知れる日記を、ネットを通じてたくさん集めることで、何を感じるか。それが知りたくて始めました」

現在のブログやSNSの普通の日々を記録するということをネットでやるという行いを日本で大々的にインターネット黎明期に行っていたのも同じく八谷氏だった。インターネットの歴史においてあまり語られているところを見ない、八谷氏だが先見の明にあふれた人物だったのではないかと今回調べていて改めて思った。

そういや最初に戻り、また家の床に散乱している雑誌群からスタジオボイス2008年7月号「雑誌は消えない!」特集を取り上げ、読んでいると、著名人にどんなスタジオボイスが読みたいか聞いている特集があった。

そこで大城譲司氏の答えが面白かった。彼が提案する特集名は「私生活ー自分語りを超えて」。以下でその文章を引用する。

手元にあるスタジオボイス最新号の特集はDVDガイドという体裁を採っている。この企画に限らず、SV誌の基本方針は教養主義。しかし、教養が教養として成り立つためには、何らかの価値体系が必要だろう。一方、ブログやSNSといったメディアは、個人的な趣味嗜好を生のまま示すことが出来る。便利なシステムだが、そこには編集という余計なお節介が介在しない。だから、大半は大同小異の自意識を披露しているだけ。「で、何なの?」としか言いようがない。

ここで教養(共有すべきもの)と趣味嗜好(個別具体的なもの)という対立項を仮定してみよう。すると、あら不思議、SV誌の目の前には「無数の私生活を体系化する」という道が開けているではないか。具体的には、有名無名、老若男を問わず(とはいえ男女比は半々が理想。マイノリティも含める)、100名前後の個人に、ほぼ同時期、それぞれ一定期間(一週間程度が妥当か)、備忘録を浸けてもらう。衣食住にまつわる事柄は、すべて具体的な名称を記すこと。映画や音楽などの文化的な項目についても同様。デジカメが普及しているのだから、画像も撮影してもらおうか。ただし掲載は一点のみ。被写体が人物なのか、風景なのかは各々の判断に任せる。

バカリズムふうに言うなら「伝えるほどでもない言葉」の徹底だが、これは固有名詞を過剰に氾濫させることで、ある時代、ある地域の風俗や状況を切り取る試みだと捉えて欲しい。八谷和彦が提唱した「メガ日記」への季節外れの回答でもある。

SV誌のフォーマットに則り、特集内の鼎談には、00年代における日記文学の傑作「ECDIARTY」の著者、ECDにご登場願おう。教養主義路線を踏まえた「いま読むべき日記文学50冊」や「私生活を捉えた写真集50選」等も忘れずに。となると、表紙はアラーキー牛腸茂雄、もしくは大橋仁の写真か。

ちょうど八谷和彦氏について書いているときに読んだ時に見つけて「おっ!」と思った文章なのだが、なかなかおもしろい文章だった。普通の人の私生活が垣間見えるブログやカバンの中身を見る企画などがたまらなく好きな僕にとってはよだれモノの企画だ。他人の twitterやinstgramには映らない物質的かつ日常的な私生活に興味がたまらなくあるのは僕だけだろうか。上記の企画、自分で企画してみようかと思うぐらい惹かれるものがある。

ちなみに僕がこんな特集が読みたいと雑誌に提供するのなら、ロストウェブサービス特集が読みたい。件のPostPetもそうだが、案外、失われたサービスはネットにはあまりアーカイヴ化されていない。ネットの影響で消えていくと言われている雑誌が消えていったウェブサービスをまとめた特集をする。そんな特集があれば愉快ではないだろうか。自分がネットを触る前にあったサービスやら触っていたけど使わなくなったサービスのその後とか気になるしね。