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11月第2週

月曜日

 NARUTOの最終回が早く読みたいあまり、深夜十二時過ぎにコンビニへ。

コンビニに向かっている最中に同居人に遭遇。一緒にコンビニにジャンプの立ち読みへ。

ジャンプを読みながら同居人が「面白すぎる!」と声をあげていたのが愉快だった。

ぼくのヒーローアカデミア、同居人たちが盛り上がっているので、最近読み始めたけれど、緊張感が維持されていて、引きがちゃんとある。ブリーチに顕著だけど、バトル漫画は緊張感がなくなると、ほんとうにダレてしまうので、やるかやられるかの緊張感は常に維持しておくことは作劇上、大事。 ワンピースが過去編に入って面白くなる傾向があるのも、過去編の方が登場人物が亡くなることも多く、比較的にシリアスで緊張感が走っているからではないだろうか。「逢魔ヶ刻動物園」「戦星のバルジ」と打ち切りを経験しながら、ようやくヒット作になりそうな作品を得た作者は嬉しいだろうなぁ。  

僕のヒーローアカデミア 1 (ジャンプコミックス)

僕のヒーローアカデミア 1 (ジャンプコミックス)

 

 その後、泊まりに来た知人がビールを持ってきてくれたので、賞味期限切れのハムやありあわせの食材をリビングのテーブルに移動したコンロで炒めて朝五時までダラダラと呑む。冬は自炊の機運が高まる。

その後、昼過ぎに起きて学校に行って放課後は街を散策したのだが、目立った収穫はなかった。

 

火曜日

シュリからJSA、そしてトンマッコルへようこそという流れで韓国映画における北朝鮮の描かれ方の変化を見ることで、韓国の北朝鮮への認識の変化を感じることが出来るのではないかというテーマで韓国語の授業でプレゼンをする。九十年代は冷酷非道のスパイとして描かれていた北朝鮮の人々が、圧政のもと苦しむ一人の人間として描かれるようになり、村を守るという共通の目的を獲得することによって韓国兵と共闘するシーンが描かれるようになる。この流れから恐ろしい敵から不幸な同胞へ、韓国人の北朝鮮に対する認識が変わっていることが垣間見える。こういった内容から他国のポップカルチャーを嗜むときに、その背景にある現実に対しての想像力を持つことが重要ではないのか、という結論に持っていく。教授からの評判もよく、もう1回プレゼンをやってみないかと言われる。発表なんて何回でもやるから、頼む、進級させてくれといった気持ちだ。

放課後は志望ゼミのゼミ説明会へ。渋谷に対する都市社会学の考察から渋谷系を説明するという内容の計画書を書こうとしている趣旨を説明したところ、概ね評判がよく安心する。ゼミの人が既に僕のことをtwitterで認識していて安心する。無駄な自己紹介が省けるので、twitterで予め知っておいてもらった方が人間関係の構築が楽だからだ。ただほんとにこれは逃げというか・・・コミュニケーション能力が向上しないので避けるべきなのかもしれないが・・・

 

水曜日

前日の夜にgunosyの5000万人都市構想が発表されたことで、この日はそのことについて色々考えを巡らせていた。その日の終わりにひょんなことからシェアされた、超優秀な人たちがfacebookでこのgunosyの構想について語り合っているのを見る。めちゃくちゃ面白い。

インターネットは能動的な検索という動作を促すものであったが、受動的なリアクティブメディアになってきている。しかし従来のリアクティブメディア(テレビ・ラジオ・メルマガ)などと違う点はユーザー個人個人に向けた最適化が進んでいるという点である。そしてインターネットのコンテンツはプッシュ型になってきており、その2つが合わさることによって検索する前に、消費者の消費したい欲求を喚起した段階で消費行動に繋げることが出来るのではないか?というのが僕の考えだった、と言いたいところなのだがこれは某インターンで聞かされた話である。ただ果たしてコンテンツ消費とモノの消費は直線上にあるのか?というところが話し合われていた。「意図あって検索した時のコンヴァージョン数」vs「コンテンツにさらされる回数 x コンテンツにさらされたときの購買CVR」って言葉がすべてを表していると思う。このへんまたインターン先の人にも話を聞きたい。優秀な人達の未来の話を聞くのは楽しいし、面白い。

そういや景気が悪くなると、売り上げ優先になってしまいがちでプッシュ型コンテンツ重視になると言われているけど、それもネットのネイティブアドやら何やらのプッシュ型広告が隆盛していることにも関わりがあるのかしら。

常時接続、スクショは容易、だけど検索やらコピペは面倒、そんなスマホに最適化されたサービスってのはまだまだこれから沢山出てくるだろうな。

ここで思い出したのが前に町山智浩が紹介していたクリストファー・ノーランの言葉である。彼は今月末に公開されるインターステラーという宇宙を題材にした映画で模型を作って、70ミリフィルムで実際に撮影して、CGを使わないで、飛んで行くロケットはアポロみたいな3段ロケットで、60年代のSF映画へのオマージュあふれる作品つくりをしている。それを何故か尋ねられた彼はこう答えたという。

その時代、要するにアポロ計画とかやっていて、人類が宇宙を夢見ていた時代が大好きなんだよ!いま、科学技術は本当に進んだけれども、スマホとかネットとかコンピュータとか、そっちの方ばっかりじゃないか。進んでいる科学技術は。それ、内向きだろう。あまりにも。本当にみんな下を見て、スマホをずっとやってるじゃないか。黙って。どうしたんだよ!?これで人類、どうなるんだよ!?人間、内側とか下とかばっかり見てないで、外を見ろよ!外に出ろよ!上を見ろ!空を見ろ!星を見ろ!宇宙を見ろ!そうしなければ人類は進化しないじゃないか。スマホやっていたって進化しないだろ、人類は。宇宙へ出ろよ!

 クリストファー・ノーランは前作であるインセプションで心の奥底に潜っていったところでそこには虚無しかないということを描いてる。つまり、インセプションの次作である今作でその内側には何もないの次の段階として外へ、外へと向かわなければならないということを表現しているのだ。なんだかスマホを通した未来のことばかり最近考えていたし、見聞きしていたので、このクリストファー・ノーランの言葉はけっこう響いた。イーロン・マスクのスペースXについてのインタビューとか記事とかきちんと読んでみよう。

 

 

そういえば宇宙開発と言えば、この本が面白そう。

月をマーケティングする

月をマーケティングする

  • 作者: デイヴィッド・ミーアマン・スコット,リチャード・ジュレック,関根光宏,波多野理彩子
  • 出版社/メーカー: 日経BP
  • 発売日: 2014/10/18
  • メディア: 単行本
  • この商品を含むブログを見る
 

 「人類がまだ火星に行っていないのは科学の敗北ではなく、マーケティングの失敗なのだ」って言葉に心を奪われた。内容はといえばこんな感じらしい。

1961年、ガガーリンの乗ったボストーク1号に人類初の有人宇宙飛行で先を越されたアメリカは、ケネディ大統領の決断により、1960年代のうちに人類を月に送る「アポロ計画」を立てる。そのための予算は250億ドル。この膨大な金額を国民に納得させるために、史上最大のマーケティング作戦が始まった。

新聞、雑誌、ディズニーのテレビ番組、映画『2001年宇宙の旅』などを通じて、NASAは月面開発を売り込んだ。日本人も驚いたアポロ11号の月着陸テレビ中継や、大阪万博アメリカ館の「月の石」は、こうしたマーケティングの一環だったのだ。

冷戦時代の宇宙開発競争にアメリカが勝利することができたのは、ソビエト連邦にはなかった「マーケティングの力」を最大限に活用したからである。そして、宇宙開発によって新しい技術が次々と誕生したのと同様に、現代のマーケティング手法についてもアポロ計画が発端になっているものが多い。

うーん、どう考えても面白い。大学の図書館に早く入荷しないかしら。

 

あとイーロン・マスクと言えば、衛星による低価格のインターネット接続のプロジェクトを構想中だとこないだ発表していた。イーロン・マスクはいちいち言うことにロマンがあって格好良い。来日したときのくまだまさしダチョウ倶楽部との共演を果たしたテレビ番組の映像、観たかったのだけれどインターネットを探しても見つからない。

 

木曜日

インターン終わりに疲れた顔でスマホを覗きながら六本木を歩いていると、僕が紹介した会社への訪問を終えた友達に偶然会う。恥ずかしいところを見られてしまったなぁと思いながら立ち話だけして別れる。バスに乗り、渋谷へ。

レッドブルミュージックアカデミーの目玉企画であったOPNのwomb公演だへ。Rustieがキャンセルになったのは痛かったが、それでも1000円ならお釣りの来るイベントだろう。しかしwombでやっている割に音が小さく、それほどテンションは上がらなかった。テレビにゲームの画面を映し出すVJはよかったが、それほどの刺激は受けずに帰宅した。 インターンの業務が終わるのが遅くなったせいで、 Fade to mindのFatina AI Qadiriwiを観ることが出来なかったのが至極残念だった。

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結局、レッドブルミュージックアカデミーのイベントはいくつかしか参加しなかった訳だったが、それでも楽しい一ヶ月だった。カルチャーに同じく興味はあるけれども、趣味は合わない、そんな友人知人たちともレッドブルミュージックアカデミーの話はすることが出来た。あれだけ街頭広告をジャックしているのだ。カルチャーに興味があって意識せずに生きることの方が難しいだろう。まだまだおもしろいことも刺激的なことも沢山出来る、そんな元気を貰った。街も日常も特別な一ヶ月にしてくれたレッドブル。かっこいい仕事したいぜ。

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コンビニで見る限り、250mlで275円という価格設定はエナジードリンクの中で変わらず一番高い値段であるのだが、それがかっこいい。プッシュ型の広告が増える世の中なんてレッドブルには遠い世界の出来事みたいだ。

 

金曜日

関わっている会社で水曜日のgunosyの話を例えに出しながら「IT系の企業の人が語る未来が面白くて仕方ない!僕より頭が数億倍賢い人達が見えている未来予想図が僕に垣間見える瞬間の刺激が凄い!」みたいなことを言っていると、この人の言っていること面白いよとか教えてもらって、その人達について調べながら夜を過ごした。自分より圧倒的に賢い人たちの頭の中が垣間見える瞬間に沢山立ち会っていきたい。もっとインターネット産業のこと知りたいなぁ。

アメリカのインディー映画の最新潮流であるマンブルコアについての記事を書いたのだが、ビックリするぐらいアクセス少なくて凹む。

 

土曜日

一限がなかったのでダラダラしていた。現職以外の今年働いてた会社二社に源泉徴収の紙を貰いに行ったのだが、なかなか懐かしかった。今年の春まで塾講師をしていて、ITとかスタートアップとか全く興味なかったのだと思うと、不思議だ。

 

この日はこないだ今更ながら読んだ寄生獣がとてつもなく面白かったので、作者の岩明均の現在連載中のヒストリエを読んでいた。

あらすじとしてはwikipediaから抜粋すると、こんな話。

紀元前4世紀のギリシアマケドニア王国アケメネス朝ペルシアを舞台に、古代オリエント世界を描いた作品。マケドニア王国アレクサンドロス大王に仕えた書記官エウメネスの波乱の生涯を描いている。エウメネスプルタルコスの『英雄伝』(対比列伝)などにも登場する実在の人物である。

エウメネスはギリシアの都市国家カルディアの名家の息子として育てられ、陰謀によって一時は奴隷に身を落とすものの、時代の荒波に揉まれながらその才能を開花させていく。

 まず最初に僕が感動したのは主人公であるエウメネスが生まれ育った文化とは全く違うボアの村で指揮官として初めて戦に参加した際のセリフだ。彼はこの戦に異文化から来た自分を快く受け入れてくれた村への感謝を胸にある作戦を実行に移す。

そうだ・・・!おれはこの村に来てギリシアと違う価値観、違う文化に知り合えたんだ、知り合って・・・仲間に入れてもらえて・・・ありがとう  みんな!

文字にしてみると、ありきたりなセリフであるが、僕はこのセリフに胸を打たれてしまった。最初、このボアの村にエウメネスが来たときは文化の違いに戸惑っているのだが、様々な交流の末、相互理解に至った上でこういう結論に至るのである。

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このボアの村に至るまでエウスメネスが経験する大きな出来事が、人種が違うことや階級が違うことによる差別が大きなテーマになっている。この村に来るまでに彼は「違う」ことを理由として、正当に評価されなかったのである。だがこの村に来て、彼は「違う」文化から来たものであることを武器とする。村人に自分が生まれ育ったギリシャの文化を教えることで、村人から剣術を教えてもらったり食料をもらったり村で評価されるようになっていくのである。「違う」ことを武器として、価値の交換を行うのである。そしてそんな「違い」を受け入れてくれた村へと感謝し大きな作戦に出るのである。グッと来ない訳がない。またここでの戦略も彼がボアの村ではなく、カルディア出身であるからこそ成功するものであり、「違う」ことを武器に戦っていくのである。

劇中で執拗に繰り返される「文化が違う」という言葉。この作品では「文化が違う」という言葉はポジティブに捉えられている。「違う」ということをこの作品がこれからどうポジティブに捉えていくのか、楽しみ過ぎる。

そういった「違う」ことを武器にしてきたエウスメネスだが、マケドニアで彼は軍隊というものについて知見を得ることになる。そこで乗馬を教えてくれる軍人が言っていた言葉が印象的だった。

片方の部隊には3〜4人突出した能力を持つ武人が混じっているとする、もう片方の部隊には一人だけ能力の劣った兵がいて、部隊全体がその劣等兵の動作に合わせて統一した動きをするとする。すると不思議にこっちの劣等兵に合わせた部隊の方が強かったりするんだ。要は「一つ」になるということ。そのためには兵の個性に合わせて、思い思いの装備を作るのではなく、統一規格の装備に全員が合わせるように、訓練してゆく。一対一、十対十で敗れても、百対百、千対千で勝てばよい。やがて英雄、豪傑など不要になるだろう。それこそが理想のマケドニア軍なのである。

ここでは「違う」ことがネガティブなものとして捉えられているが、こういった「違い」の捉え方もまた正しいものである。自分はそういったチームとか組織とかの利益のために「違い」を抑え、全体の利益を優先させるみたいなことが苦手なので、こういったことも考えなければいけないと思った。

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 またこの当時の政治家や商人というのは、これからどういうふうに時代が動いていくのか、それぞれ考えながら行動していたのだなーというものが伝わってくる。この時代に限った話ではなく今の時代もそうなんだろうだが。先日の晩にこれから未来がどう変わっていくか見えている人たちの話をしていたのもあって、未来がどうなるか自分の頭で考えること、その思考のためには情報が必要なことというのを余計に感じた。

 

またボアの村でギリシャの文化について教えるとき、彼はカルディアで読んだ本から得た知識を元にしているのだが、そのときの彼のセリフもよかった。

書物から得た知識はほったらかにしておけば、他人なのだが、第三者にわかりやすく紹介してみせることで初めて身内になっていく。

これが僕がブログを書いているモチベーションの一つだ。インプットばかりしていても、それをアウトプットしなければ自分の血肉とならない。人と話すことがそこまで生活において多くないため、こうやって文字にすることによって、自分が感じたことを「何か」面白かったや「何か」よかったで終わらせないためのブログである。また自分の頭の回転の悪さを実感することばかりなので、そうやって頭悪いなりに思考する練習をしなければと思ったこともある。

ヒストリエ(1) アフタヌーンKC

ヒストリエ(1) アフタヌーンKC

 

 

日曜日

早朝から風呂に二時間ぐらい浸かりながら爆睡する。風呂に長時間入ること、自転車を延々と漕ぐこと、この2つは頭のなかを空っぽにさせてくれる。たけしさんのリツイートを機に、先日のマンブルコアのアクセスが急増して嬉しくなる。

90年代を彩った雑誌20冊をまとめてみたという記事を書く。


90年代を彩った雑誌20冊をまとめてみた① - sushi-love

 

代官山蔦屋でカッコイイ雑誌を3冊買って、渋谷へ。

パルコの地下一階に出来たMINOTAURへ。買えるわけはないので、働いてる先輩と話しただけで帰る。さらっと5、6万の服を買えるようになりたい。

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 なおすけべという先輩とその彼女と三人で晩飯を食べてご馳走になる。「自分が面白いと思った友達が面白いと思う友達は面白い」というコンセプトの話を聞く。うーん、素晴らしいコンセプト。僕は面白い人は面白い人と友達だと思っているのもあるし、面白い人と知り合いたければ、面白い友達が面白い友達を紹介したくなるぐらい面白い奴にならねばらないのだ。

珍しく映画を一つも観ない一週間だった。と思いきや、これから同居人がアメリカングラフィティを観るようだ。僕も観たいのでこの辺で筆を置く。