10月第4週

月曜日

放課後、渋谷の喫茶SMILEへ。新しく始めたパーティー「死者の書」の第一回。久しぶりに会う友達や来ると思ってなかった知人たちと飲んで過ごす。ノルマ制のないハコでやる小規模なパーティーは気負うものがなく楽しい。パーティーの締めで話すMCが初めて少しだけ上手く行った気がした。プレゼンをしなきゃいけないときにいつも思うが、人前で話すことがうまくなりたい。盛り上がったので隔月でやることになり、次回は12月15日(月)開催。ふらっと学校帰りに遊びに来てください。

 

火曜日

インターン先での業務を終えたあとに、就活生向け説明会に誘われ、受けてみた。その中でインターネット産業のこれまでの歴史について講義を受けた。以前、ネット広告の歴史について、講義を受けたことはあったが、インターネット産業に関してはなかったので勉強になった。その中でネットエイジマフィアについての詳しい説明を受けた。ネットエイジとは渋谷がシリコンバレーの日本版「ビットバレー」なる土地として注目されるきっかけを作ったIT企業の国内での草分けのような会社だ。そのネットエイジに関与していた人間たちのことをネットエイジマフィアと呼ぶのだ。彼らはその後の日本のインターネット産業において大活躍して、彼らだけで信じられない額の経済効果を生んでいるのだ。当時ネットエイジにインターンしていた学生が僕のインターン先の社長なのだが、前に関わっていた会社で当時ネットエイジにインターンしていた人たちに2人会ったので、何だか不思議な気分になる。

また社長の口から語られた経営理念に共感した。要は「何がかっこいいのか、ださいのかを考えることが重要だ」という話だ。仕事に対する意義、その仕事で何を実現したいのかを考えたときに、自分の仕事に対してかっこいいと思えていないと答えは見つからないだろうと僕は捉えた。昔は「お金を貰えたらいいだろう」と考えていたので、そういった仕事に対する意義といった話を理解出来なかったのだけれど、この頃はそういったものが大事だと考えるようになった。それがなければ努力しないし、キャリアアップしていくことも難しいと思える。大学生活四年間は社会に出る前の自由な社会見学のようなものだという認識がここ数ヶ月で強まる。バイトは時間の無駄、極力バイトしないほうがいいに決まっていると人によく言われるが果たしてそうだろうか?という気持ちが強まっている。

授業で社会人に対して仕事をテーマに二万字インタビューするのだが、先生が設定した質問でどういうことを僕らに感じて欲しいのか、少しだけ分かった気がする。

またインターンの話に戻るが、頭のいい人には未来が見えているのだな、と思う。これは社会人の諸先輩方と話していても思うことだが。どういう未来が来るのか、これからどういう産業構造の変化が起きていくのか、そういうことを頭の片隅で考えておくことも大事だ。

 

水曜日

六本木のぬる燗 佐藤でランチ。

天丼900円、すき焼き定食1200円、牛丼1200円。どれも美味しそうであった。今のところ、六本木で食べたランチの中で一番美味しかった。これから何度も通いたい。食事を形容する言葉を持ち合わせていないことが悔しい。

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夜、居候先の古着屋に寄ったら、知り合いが大勢いて、そのまま高田馬場の「わっしょい」という店に。ビールが150円だった。もつ鍋を食べながら、服飾やら就活に関しての話を聞く。内定が決まっている人からその会社に入って、どういうことをやっていくつもりなのかやキャリアをどういうふうに積んでいってる人がいるかの話を聞く。服飾系に僕が就職することはないけれど、こうやって自分の中で納得をした上で就職を終えたいなと思う。自分が何をやりたいのか、何に向いているのか、どういうことに対して納得できるのかを突き詰めるまで限られた時間もそんなにないと焦った。

 

木曜日

夜にごめんね青春の第三話を観る。ストーリーの展開が早い、また小ネタが多い、早口で会話される、相変わらず情報量が凄まじくつめ込まれている。 デフォルメ化されたキャラクターたちによる慌ただしい作劇を楽しむ。毎週ドラマを観るなんて何年ぶりの体験だろうか。

 

金曜日

金曜日は数少ない朝にゆっくり出来る日なので、朝からバットマンリターンズを観る。

ほとんど期待せずに観たのだが、これが傑作であった。ティム・バートンの手腕の素晴らしさを感じた。脚本と演出がこの上なく練られており、観ていて気持ちよかった。今回シリーズ二作目にあたる本作では主にヴィランであるペンギンとキャットウーマンにスポットライトがあてられる。だがしかしペンギンには両親がいない孤独という面において、キャットウーマンには仮面を被った自分と素顔の自分という分裂という面において、バットマンの内なる葛藤が外部化されて描かれているのだ。つまりティム・バートンは今作において、バットマンというモチーフを扱い、歪でひねくれたものたちへの愛を炸裂させた物語なのである。また今作はゴッサムシティーのデザインも素晴らしかった。空は暗く、空気もどんよりしており、開いた場所の画は少なく、今回のゴッサムシティーの風景はどん詰まりの閉塞感が立ち込めている。その閉塞感の中で逃げ場を失ったものたちは追い詰められ、歪なものへと姿を変えていくのである。さらにゴッサムシティーの中における縦の運動が今作においては執拗に強調される。重役室の窓から突き落とされ、バットマンやペンギンとの戦いにおいても幾度となく空から地上へと落ちていくキャットウーマン、地下下水道から富裕層の高みへと傘を使い上昇していくペンギン、彼らはなぜ上を目指すのか。それは空が閉塞感から逃れることの出来る場所だからではないだろうか。そのために彼らは何度傷ついても上を目指す。狂った閉塞感に渦巻くゴッサムシティーから逃れるために。キャラクターから風景まで本作はとてもデフォルメされている。しかし、デフォルメすることによって、そういったモチーフがより分かりやすく浮かび上がってくる。何も苦悩を描くということがリアル描写によってしか成り立たないという訳ではないということを本作は雄弁に示していた。


バットマン リターンズ(プレビュー) - YouTube

 

放課後は大学の図書館で仕事と課題を進め、余った時間は20歳のときに知っておきたかったことという本を読んでいた。

著者は「まずチャンスは無限にあり、次に問題の大きさに関係なく今ある資源を使ってそれを解決する独創的な方法は常にあること、そして最後は問題を狭くとらえるのではなく大きい観点から眺めること。」「時間をかけて、常識だと思われていることを荒いざらい挙げていくことが大切で、そうしなければ目の前の選択肢を新鮮な目で見られるようになる。」「金儲けをしたいからというのではなく、情熱を持つことが大事である。 」などの人生における哲学を語る。いくつかはピンと来なかったものの、概ね納得して読むことの出来る内容だった。最後に著者はこの内容をまとめて

私が伝えたかったのは、

* 常識を疑う許可
* 世の中を新鮮な目で見る許可
* 実験する許可
* 失敗する許可
* 自分自身で進路を描く許可
* 自分自身の限界を試す許可
を、自身にあたえて下さいということだ

 と語る。いくつかは自分がつまづいている壁でもあったので、読んで楽になった。自己啓発書なんて高校生の頃はめちゃくちゃ馬鹿にしていたけど、最近は案外そうでもないと思う。

 

20歳のときに知っておきたかったこと スタンフォード大学集中講義

20歳のときに知っておきたかったこと スタンフォード大学集中講義

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 夜は寄生獣を読んだ。

 一巻を読んだら夢中になってしまい、結局一晩で全巻読破してしまった。ムダのない物語、伏線回収の見事さ、心理描写の巧さ、どういった角度から観ても完成度の高い漫画だった。久しぶりになって夢中になって漫画を読むのが止まらなくなった。主人公がどんどん非人間的な精神になっていく過程でその理由がミギーとの融合が進んでいる結果なのからか、それとも幾度の戦いを乗り越えた末の結果なのからか思い悩む流れ、また文明批判から物語が始まるも、人間賛歌の物語へと落ち着いていく流れなどは今思い出しても、シームレスで非常に巧い作品だったと思った。

寄生獣(1) (アフタヌーンKC (26))

寄生獣(1) (アフタヌーンKC (26))

 

 土曜日

学校が終わった後に、関わっている会社の引っ越しを手伝う。

家に帰った後はバットマン・フォーエバーを観る。

前作のリターンズで監督していたティム・バートンが製作に回り、ジョエル・シュマッカーが監督を務めた本作。酷い映画だった。雑な脚本でどのキャラクターも中途半端にしか描けておらず、散漫の一言に尽きる。ただジムキャリーの演技を久しぶりに観て、懐かしく、その点に関しては楽しかった。


バットマン フォーエヴァー(プレビュー) - YouTube

 

夜から朝にかけては田中面舞踏会へ。

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コンセプトがクールで格好いいパーティーだったので、今回が最終回だというのは残念だった。 しかしunitで客層が被るイベントがあったのもあるかもしれないが、去年ほどの盛り上がりは正直感じることが出来なかった。去年は一生忘れることが出来ないぐらい素晴らしいパーティーだったため、ハードルを高くセッティングしていたのもあるが。今年で最終回というのも引き際よしてはベストなタイミングだったのかもしれない。パーティーはどうやって終わるのか、その引き際がベストだと語り継がれる。形骸化してダラダラとやっても仕方ないと考えているので、格好いいまま終わってくれてよかった気もする。

初めて観たKOHHのライヴに痺れた。 soulflowerさんが呟いてらっしゃたが、「このライヴを見逃してはいけない」という空気がフロアに共有されていた。こういう大きいイベントがないとヒップホップのライヴを観ることがあまりないので、新しい発見があるのが嬉しい。一曲目に「貧乏なんて気にしない」のトラックがかかったときの興奮が凄かった。


KOHH - "貧乏なんて気にしない" Official Video - YouTube

 

日曜日

田中面舞踏会から帰宅し、適当にyoutubeを巡っていたら、いつの間にか寝ていた。

グルーヴ地獄Vの映像を観ていたせいか、嫌な夢を観た。


ゲームカタログ2 ピエール瀧 グルーヴ地獄Vの解説 - YouTube

起きてからは逆噴射家族を観ていた。

ちなみに wikipediaによれば逆噴射家族というタイトルは、この映画が公開される二年前に起きた日本航空羽田沖墜落事故に由来するらしい。この事故の原因が統合失調症の機長の手による逆噴射機構の作動によるところだったという理由で「逆噴射」という言葉が日本で流行っていたらしいのだ。「逆噴射」という言葉が流行るなんて、当時を体験していない僕からしたら奇妙に感じて、少しだけ面白かった。この物語に出てくるキャラクターも皆、デフォルメ化されていて、心理描写に関しては少ない。だがそこから辿り着く景色は普遍的な家族の問題だと思えた。なんだかデフォルメに関して考えることが多い。キーボード打つのに飽きたので、この映画の感想は割愛。

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検索してみたら、youtubeに全部あがってたので、貼り付けておく。


The Crazy Family (1984) Japan - Eng Subs - YouTube

 

僕は40年代や50年代の映画がどうにも苦手なのだが、その理由が本を読んでいて腑に落ちる説明があった。昔の映画というものは時間を感じさせないショットで構成されていた、と。普通の人間なら狼狽するところや言葉が詰まるところなど間が生まれてしまうところを昔の映画は省き、より効率の良い形でそこに時間を感じさせずに作っていた、しかし70年代に入り、同時録音技術などの進化により、雰囲気や空間といったものを映画は表現出来るようになった、と書いてあった。僕はそういった空間だったり長回しだったりに惹かれてしまうのだ。ポール・トーマス・アンダーソンがどうしようもなく好きな理由はそこである。ただその本ではそういった映画は否定されていた。いわく、映画はひと続きの現実をダラッーと捉えたものではんく、逆に一コマ一コマが連続することで映画になるからだ。例えば映画というのはコマ撮りアニメがそうだが、時間が存在しなくても動きを作り出すことが出来るからだ。つまり映画が生み出しているのは時間で動き、よって時間を生み出そうとする映画はおかしのではないか?という話だ。映画における時間というものについての新鮮な知見を得れて、面白かった。