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大学生活で大事なことの多くは夜道のコミュニケーションで起きてた気がする。

 昨日、子どもの頃から書道をやってる友達から聞いた言葉が妙に印象的だった。彼女曰く、墨、筆、紙の状態はその日その時の天気、気温、湿度などなど様々な状態で変わってしまうし、何よりそのときの体調や気分など自分の様子も作品に反映されてしまうので、同じ字を書いても、それは二度と再現出来ない作品でそういうところが書道の面白みを感じるところらしい。でも、よくよく考えてみれば、スポーツだってそうだし、音楽のライヴだってそうだ。なんでそんなふうに印象的に思ったのかを考えていると、少し前にコミュニケーションもそういうもんなんじゃないだろうか、と思っていたことが理由な気がした。

 コミュニケーションも当たり前だが、その日その時の天気、気温、自分の体調、相手の体調などの影響を受ける。人生はいつだって複雑系で、そのタイミングタイミングで気持ちが交わるか交わらないかも、その日その時の偶然頼りだったりする。もちろん僕らはコミュニケーションの成功確率を上げたいから、コミュニケーションにおける仮説を実践し、PDCAを回し、少しずつ他人と心を通わすことや自分の気持ちを伝えること、ひいては生きることが上手になっていくが、どれだけ考えても自分以外の他人が何を考えているかを僕たちは分かる術がない。という訳で不確定要素がたくさんのように紐づくコミュニケーションという事象であるが、その中で再現性の高い条件が日付と時間、そして場所である。きっとこの時間とかこの場所でしか話せない、なんてこともあるのではないだろうか。そして中でも、夜道を歩くことでしか話せない会話ってあるのではないだろうか、なんて、このところ僕は考えている。

 いつだってコミュニケーションには目的がある。大人数が集まる飲み会ではその場の盛り上がりを皆で作るためにコミュニケートするし(もちろん、その裏で個々人の思惑が動いているけれど、それもそれで目的がある)、久しぶりに会った昔の友達とは過去の話と近況報告のためのコミュニケートだったりするし、仲良い友達とはバカ話するときもそれはそれで楽しむためのコミュニケートで楽しさに向かって僕たちは走っている。だけれども、夜、というより終電がなくなった深夜の道を歩きながらのコミュニケーションは特に目的がないように思える。いつになったら着くか分からない場所を目指しながら、繰り返されるコミュニケーションはオチのない思いつきや街を見て思ったことなどなど、面と向かって会話していたら誰にも届くことのなかった気持ちのように思えて愛しい。

 文章を書いていて「昼間でも散歩してたら、そんな会話にはなりそうだ」とも思った。が、夜でいつも人で溢れている都会の街に人がほとんどおらず、たまに見かける工事現場では昼間よりも慌ただしく作業が行われていたり、道に倒れている人がいたりする夜の世界は昼間とはまるで違うルールで動いているようで、そんな夜だからこそ話せてしまう話題があるように思う。そして夜の散歩は得てして予定されていなかったものであることが多く、降って湧いた時間だからこそ、より中身のない話題や気持ちを交換できるように思える。そんなこんなで最近、毎週のように夜道を歩いている。季節は冬。夜道を歩くには向いていない、フィルムで写真を撮れる時間も短い。ほんとは夏の夜道を歩くほうが好きだけれど、「サマネバエンズ まだ寝ません」って訳にもいかない。学生の間に使い果たせる夜はあといくつ残っているだろう。出来るだけ、たくさんの夜を使い果たしたい。

 

「渋谷の工事が終わった、いつかの夜にここを歩く日が来たら、今晩のことを思い出すかもしれない」

果たす/果たされることのないかもしれない約束を今のうちのたくさん結んでおきたい。

 

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優しさの天才。

 こないだインターン先でクライアントとのワークショップの後片付けをしながら、一緒に仕事をしていた友達に「最近、気を遣う場面がすごい増えたんだよね」と何の気無しに言った。すると「それは気を遣う場面が増えたんじゃなくて、単純に気を遣うようになったんじゃないの?今日、すごい気を遣ってたよね」と言われた。その言葉をどう受け止めていいのか、もやもやとこの一週間ぐらい心の中に抱えている。

 僕は気を遣ったり、人に優しくしたりするのが苦手だ。そして苦手であることすら、大学中盤になるぐらいまで気付いていなかった。なんなら得意なのではないかぐらいに思っていた。色んな人から指摘されて、初めて自分は人の気持ちを思いやるとかそういうことが苦手なことを知った。大学生の社会に1/4歩ぐらい出たおかげで、自分の気の遣えなさを痛感することも多く、一生懸命に努力してはいるつもりである。だからといって、すぐにうまく歯車が回る訳でもなく、どうすれば人に優しくできるんだろうか、とぼんやりと考える。僕の周りの大人や友人でたまにすごく気が遣えるし、優しい人がいる。「どうすればこんなふうになれるんだろう?過去に何か大事なものを失ったのかな、じゃないとこんなに人間が完成されている説明がつかない」と思っていた。て訳で前述の仕事終わりの一言で「こんな僕でも周りに気の遣えてるように見るのか」とか「そもそも気を遣っているなんて分かるって気が遣えてるのか」とかとか思っていた訳だ。

 そんな折に「君の言い訳は最高の芸術/最果タヒ」を読んだ。途中で彼女なりの「優しさ」論が現れるのだが、その話が目から鱗すぎて驚いた。一部を抜粋して、ここに書いておく。

 

そして 、天然でそういうところをおだやかに 、察することができる人というのに憧れた 。でも 、今ならわかるのだけれど 、そういうひとはただの優しさの天才なんだよな 。あれが正しい大人の姿だと思っていたけれど 、ただの天才だったのだよな 。かなしいことに人間は他者にされた優しさというものにはちゃんと気づけてしまうから 、そして優しさなんていうのは誰だって無限に発揮できるものだとちょっと思いがちだから 、天才的な優しさまでもすべて自分だって発揮できると信じてしまって 、そして自滅することがある 。途方もない優しさの天才を人間としての基準と信じて生きてしまうと 、自己嫌悪と他者への軽蔑が止まらなくなり 、結果的に誰よりも優しくなくなってしまう 。この法則に誰か名前をつけようぜ 。で 、まあ 、しかしそういう天才たちは想像以上に特に考えていないというか 、まるで風を察知した繊細な綿毛みたいに他者の感情が乱れる直前 、そっと気づいてそして助ける 。たとえそれがどうして辛いのか 、論理的には理解できなくても 、察してしまう。もはや第六感とかそういうものじゃないかとすら思うの。マナーともまったく違っていて、本人も考えて動けるわけじゃない。で、だからこそ、たぶん、やろうと思ってできる類のものではないんだと思う。優しさにも閾値があるんですよ。人間。運動神経とかと一緒ですよ。で、それでも優しくされた時の感動だけはみんなわかるから、だからこそ人は考えて考えて、知識と想像力を駆使しまくって、天然での優しさが発揮しきれないかわりに、なんとか気を使おうとするんだろう。自分とはちがう立場の人にとって、必要なこと、主張するべきことえお、なんとか理解しようとする、傷つけないように気を配る。自分からは見えない景色をかき集めて、他者の視線を手に入れようとする感じ。優しさよりなんだかそれってかわいいよなあと思うのだけれど、どうでしょうか。

 

 読んでみればわかると思うが、僕は優しさの天才を見ながら、優しさの天才に憧れていた訳だ。といっても才能がなくても頑張らない訳にもいかないので、凡人なりに凡人なりのやり方で、これからも少しずつ見えない景色をかき集めていこう。

 

て訳でおすすめなので、「君の言い訳は最高の芸術/最果タヒ」をみんな買えばいいと思うよ。

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タクティカル・アーバニズムとして考えるバス停の椅子について。

 僕は夜道を歩くことが好きで、帰り道に最寄駅で降りずに少し家から遠い駅で降りては散歩して帰っている。最近、というよりもこの半年ぐらい、バス停の椅子の写真を撮ることにハマっている。特に被写体として興味がある、といった訳ではなく、僕が興味あるのはどこのバス停にどんな椅子があるかということである。出来ることなら、都内のバス停の椅子を全てマッピングしたい、なんならその椅子の種類や数を分類したいのだが、そんな時間はないため、目に入った椅子の写真を撮影することで収集した気になる、といった程度に留めている。

 

 何故、かように私はバス停の椅子に惹かれるのか。バス停の椅子はバス会社が設置したものではないものも多い、ということが私がバス停の椅子に心惹かれる大きな理由である。バス停の椅子は地域住民がボランティアで設置したり、店舗や医者などが宣伝を兼ねて寄付していたケースも多いのである。私が心惹かれるのは前者の地域住民がボランティアで設置したものである。もちろんこれは法律に当てはめると実は犯罪である。道にモノを置いて去っているのだから、それはそうだ。実際、トラブルも各地で起きている。だが、バスの利用者から使われているという事実を鑑みて、ベンチは必要であり、また撤去に対する苦情も出るであろうこと、公式に置くとお金がかかることなどなどの理由から、グレーゾーンとして取り扱われている。つまり、これは日本に何十年も前から実践されてきた、タクティカル・アーバニズムの一種なのである。

 

タクティカル・アーバニズムとは何か。それは世界的に広まりつつある、市民によるローコストで敏速な都市の改善方法である。レム・コールハースが「S,M,L,XL」において描いた、巨大化した20世紀の都市と建築のあり方にはなかった「XS」のスケールから都市を射程にすることがタクティカル・アーバニズムの真骨頂の面白い点である。つまるところ、法的なしがらみにとらわれて、図体のでかくなってしまった都市開発というものに個人が小さな形で無責任に干渉することで、都市を改善していこうという運動である。実例を挙げると、欧米諸国で道路標識を勝手に作ったり、町から置き去りにされた小さな土地で、ゲリラ的に花を植えたり農園をつくる活動などが代表的なものとして挙げられる。計画と合意をすっ飛ばして現場でインスタントにやってみせる、敏速な実践であることから、ラピッドプロトタイピングアジャイル開発のような設計志向とも近い考え方である。また僕がこの運動の興味深い点は法律的にグレーであるという点である。いわば都市が市民によってハックされていると言えるのである。これはAirbnbのような民泊ビジネスと宿泊施設に関する法令との衝突に近い話である。Airbnbが居住空間をホテルにすることを可能とし、都市をハックしたことと似ているのだ。

 

という訳で日夜、私はバス停の椅子を観察している。そういった暮らしの中で1件の奇妙な事例と私は出くわすことになった。家の近くのバス停の椅子が早朝と深夜は消えているのだ。この謎を解き明かすべく、とある日の朝から私はその椅子がどこから現れるのかを突き止めるべく、道の対岸からバス停を観察していた。そして、朝9時にバス停の椅子は現れた。そのバス停の椅子は近くの和菓子屋の主人が開店準備の作業の一環として持ち出されていたのだ。近くのバス停の使い勝手がよくなることが引いてはその場所の利便性が上がり、店の利益に貢献する、と考えておられるのか、はたまたただのボランティア活動なのか、もしくはそれ以外の何かなのかは分からないが、かくして私は運用されているバス停の椅子の存在を確認したのであった。

 

また以前から私は落書きがあるバス停の椅子について、ひどく不快に思っていた。落書きがあるだけで座りたくないと感じるから不思議だった。しかし、落書きという行為によって、人の行動が変えられるということで、落書きという行為自体が持つ魔力性/暴力性について考えてみると、落書きされたバス停の椅子というものは面白いもののように思えてきた。よくよく考えると、この落書きされた椅子の背景には、バス停に椅子を置いた人と椅子に落書きをした人が存在しているのである。(ひどく当たり前のことを言っている・・・。)つまり、「道」とは関係のない一般人の第二者が椅子を置くことで道に座る可能性が提示し、その後に第三者の落書きによって、その可能性が剥奪されるという物語が道に成立しているのである。それからというもの一日ぶりに通った道の道のバス停の椅子の向きが変わっているだけで私は考えさせられるようになった。一見すると道はただの道であり続けるように思えるが、こうした形でそこには「バス停の椅子の向きを変える」という道への小さな干渉をするだけで、人の痕跡を残すことが出来て、また「道に椅子を置く」「椅子に落書きをする」などの大きな干渉をすればそこに物語を生むことが出来るのだ。そうして今日も誰かの痕跡や物語を感じて、僕は道を歩いている。

 

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ハレの日がハレの日でなくなった東京のハロウィン。

 11月3日の25時。近所のよく行く喫茶店は朝まで営業してるので、いつも長居するのだけれど、そのせいで合間合間に外に用事が出来るので少しの間、コンビニや本屋に行くために出たりする。チェルフィッチュの三月の五日間みたいだな、といつも思う。その喫茶店でレイトショーの上映までに持て余した時間で、今、僕はこの文章を書いている。

 

 野暮用で10月29日も30日も31日も渋谷にいた。三日間共、足早に帰ることもできたのだが、ハロウィンのコスプレを着た人たちの群れの中に折角いるので写真を撮ったり、眺めたりしていた。道路を通る車からは大音量のEDMが流れ、道でテキーラが売られていて、街はぐちゃぐちゃだった。何年も前に同じことを言ってる人は沢山いると思うが、主催者なきハロウィンに渋谷にコスプレした人が押し寄せるの中心なき運動でアラブの春っぽかった。そんなアラブの春からもう五年が経つらしい。こないだ仕事で五年前に起きたことを調べていて、そのことを知って驚いた。そう言われてみれば、中心なき運動体という話題は当時に聞けば、聞かなくなったように思える。「オキュパイウォールストリート」とか「イスラム国」とか中心なき、アメーバのような運動体の話題がこの数年で話題になったが、今年は新しくそういった運動を聞いた覚えがない。そんなふうに運動することが当たり前のようになったのか、それとも人々はそんなふうに動かなかったのか。そういえば、SHIELDsには先導者がいたっけ。

 

 あーでもなくこーでもなくとそんなことを話しながら、歩いていると彼岸にコスプレイヤーが待ち構える、渋谷のスクランブル交差点に着いた。赤信号で待っている間、隣で話していた友達に「ハロウィンでもここはホコ天にならないんだね」と思いつきを伝えた。すると隣からは「信号が赤と青を繰り返すことで、たくさんの人の塊が分断と結合を繰り返すから、それはそれでいいんじゃない?だから、皆、ハイタッチする訳だし、そっちの方が楽しそうじゃない?」って返ってきた。なんだかロマンチックな例えだった。分断と結合が起こるから、運動が発生する訳だし、運動が起こるから、ドラマが発生するんじゃないかって、そんなふうに思った。繋がりっ放しの日常からはドラマはな生まれないのかもしれない。そういえば皆さんは、アインシュタインが考えたESRパラドックスという量子力学パラドックスをご存知だろうか?簡単に説明すると「互いに相関する2つの粒子は、どんなに離れていても影響し合う」という量子学の現象である。もうすこし詳しく説明すると「スピン0の素粒子が崩壊して、二つの電子になる場合を考える。そのとき二つの電子のスピンの方向は必ず測定結果と逆の値を返さなければ、量子力学上おかしくなってしまう。ということはこの二つの電子はどれほど遠いうところにあったとしても、片方の電子の方向を逆にすれば、もう片方の電子の方向もその逆になるのである。」ということだ。これが何故、パラドックスなのか。量子力学上おかしくなってしまうので、全く同じタイミングで電子の方向が対照を描くとすれば、「片方の電子の向きが変わった」という情報は光よりも速く、全く同じタイミングで伝達されているのである、これは情報が時空を超えているということで、光速を超える相互作用は因果律を破るため禁じる、アインシュタインが唱えた相対性理論と矛盾するのである。現在では上記の電子の相関関係は存在すると証明され、相対性理論にも一部間違いがあったとして「EPRパラドックス」ではなく「EPR相関」と呼ばれている。先日、初めて聞いた話なので、間違いがあったら、申し訳ないが、あくまで今の僕の理解は上記のようなものだ。初めて教えてもらったとき、僕はなんてロマンチックな法則なんだろうと思った。一度繋がっていたものは、どれだけ遠く離れても相互に影響が与えられ続けのだ。なんだか「君の名は。」みたいな話で、自分がこれをロマンチックと言ってしまうのは、すこし気持ち悪い気がするが。「運命の二人」なんてものでなくてもしても、我々はいつだってたくさんの誰かとESR相関を結んでいるのではないのか、と思う。噂をされるとくしゃみが出るように。ハロウィンで隣にいた友達からの言葉をきっけに僕がこうしてブログを書いているように、仮装している誰かの写真を撮って僕があとでinstagramにあげて誰かから「いいね!」をもらうように、誰かの何気ない行動に僕は影響を与えられていて、そんなふうに貰いっ放しじゃ申し訳なくて、誰かから与えられた影響が僕を通して発露するとき、その影響の元にも何かしらの変化が起きていたらいいのにな、と思う。時空は超えることが僕らはできないので、もしかしたら結果は同時でなくてもいいから、遅れてでも影響の元になった人たちに何かが還元されていてほしい。

 

 ちなみにハロウィンのときに撮影した写真は全然よくなかった。僕は知らない人の写真を撮ることが苦手であるようだ。初対面の人の写真を撮ることも苦手で、ある程度の信頼関係が構築されないと、相手の家に土足で上がり込んでいるような気がして、撮影していて気持ちが悪い。そんな気持ちで撮影した写真からは僕の心がノッていないことが伝わる。だけれどもせっかく現像したのだから、下手くそな写真だけれども、Facebookにアップした。最近、Facebookの仕様が変更されて、イベントへの導線設計が丁寧になった。そうやってイベントごとが可視化されて、痛感するようになったのだが、東京にはイベントが多過ぎて、イベントに行く気がなくなってしまうところがある。イベントが同時多発的に起こりすぎてて、イベントに飢える気持ちがなくなって、イベントを逃したときの悔しさも減った気がする。この祭りを逃しても、明日にはまた新しい祭りが来る。まるで東京は情報が氾濫している、インターネットみたいだ。音楽のパーティーをやめた理由も行かなくなった理由も似た理由だった。東京には豪華なメンツのパーティーが連日のように繰り広げられていて、豪華なメンツのパーティーにも何も感じなくなってしまったのだ。東京はハレの日ばかりで、ハレの日がハレの日でなくなってきている。気づいたら、ハレの日よりも、曖昧な曇りの日の方が愛しく感じる。非日常な体験をすることがクールじゃなくなってきている気がするのだ。それよりもやろうと思ったら、いつでもやれることををやる方が、誰でもいつでもアクセスできるのに、情報の海に溺れてアクセスしてなかったものを選ぶことのほうがよっぽどクールな気がするのだ。ホテルで朝食バイキング食べたりとか、予定が空いた日に突然、旅行に行ったりとか、そんな拾われなかった可能性を選び取るほうがかっこいい気がする。日常の延長戦上の可能性を選び取りたい。ハロウィンを冷めた気持ちで見てしまうこと、ハロウィンのときに撮影した僕の写真が全然よくなかったことの理由にはそんなこともあるのかもしれない。11月の頭に平日の朝から、美味しい朝ごはんを食べるためだけに遠出したとき、通勤して街に出る人たちと逆流して、空いてる電車で目的地に向かうのは社会から自分が零れ落ちたように感じて、少しだけ気持ちがよかった。あーでもこーでもなくとそんなことを文章を打っていたら、レイトショーの上映時間が過ぎ去っていた。こうやって僕はモノも話題も散らかすのが得意だけど、整理が苦手で、頭の中はいつもこんな感じだ。だから、整理が得意な人にいつも話して、僕の代わりにまとめてもらっていて、そんなふうにまとめてもらうことに申し訳なく思っていたのだけれど、もしかしたら渋谷のスクランブル交差点よろしく、分散というアクションがあるから、整理というアクションも発生する訳で、何かを前に進めるためには、ドラマを生むためには、散らかすことも大事なのかもしれなくて、そう考えれば、自分がやっていることにも意味があるのかもしれないと思った。こうやって文章を打つことが誰かと相関関係を結ぶ、きっかけになればいいのだけれど。映画も観れないことだし、そろそろ家に帰ることにする。

 

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テクノロジーが世界を覆うことへの違和感からデザインは生まれた。

 今、僕は新幹線の中で暇になったので文章を書いている。いきなりだが、自分のアイデアなんてしょうもないもんなんだけど、僕がビジコンやら何かしらのプレゼンやらで自分のアイデアを作るときのマスト事項の一つとして、「課題になってるものの歴史を調べる」ということがある。最初は見本のようなプレゼンをする人がもれなくスライドに歴史を調べたことが書いてあったから始めたんだけど、今では絶対に課題に関するものの歴史を必ず調べるようにしてる。そして歴史を調べることはなかなか面白い。自分の今の生活では当たり前になっているものがどういう経緯で生まれて、広まって来て、今も残っているのか知るだけで、何気なく普段は見過ごしているものの奥に深い歴史を感じることができる作業だから。と同時に、今では生まれてから時が経ち、様々な装飾が付いて本質が見えなくなっているようなものの歴史の始まりを知ることで、「本質とはなんぞや」ということを知れるのも楽しい。

 という訳で僕は、気になったものの歴史を調べることが好きなんだけど、新幹線の中で友達に勧められた本を読んでたら、デザイン誕生の歴史について書かれていて面白かった。

下記引用

「テクノロジーが世界を新たな構造に組み換えようとするとき、それまでの生活環境に蓄積されていた美的な価値は往々にして犠牲になる。世界は技術と経済をたずさえて強引に先に進もうとし、生活の中の美意識は常にその変化の激しさにたえかねて悲鳴をあげるのだ。そういう状況の中では、時代が進もうとするその先へまなざしを向けるのではなく、むしろその悲鳴に耳を澄ますことや、その変化の中でかき消されそうになる繊細な価値に目を向けることの方が重要なのではないか。
デザインの発生は、美術史家ニコラス・ペブスナーがその著書『モダンデザインの展開』でも紹介しているように、社会思想家のジョン・ラスキンや、同じく思想家であり芸術運動家であったウィリアム・モリスの思想がその源流と考えられている。その源流を辿ると150年ほど前に遡る。「19世紀の半ば、イギリスは産業革命によってもたらされた機械生産で活気づいていた。しかしながら、初期の機械製品は、王朝装飾のなごりを残す家具調度のたぐいを「不器用な手」である生産機械が模するものであり、あまり胸のすくような造形物ではなかった。1851年のロンドン万博の資料を散見するとその様子が想像できる。手仕事が長い時間をかけて磨きぬいてきた果ての「形」が機械によって、浅薄に解釈され、ねじ曲げられ、異常な速度で量産されていく。そんな状況を目の前にしたとき、自分たちの生活や文化に愛着を持つ人々は、何かを失ってしまう危機感と美意識の痛みを感じたようである。粗雑な機械製品なヨーロッパのデリケートな伝統文化に抵抗なく受け入られるものではなかった。結果としてそれは、手仕事が育んできた文化やその背後にある感受性をむしろ顕在化させることになる。ものの周辺に息づいている繊細な感受性を踏みつけにして前に進もうとする機械生産に「我慢ならぬ!」とき鼻息も荒く異議を唱えた代表者がラスキンやモリスである。彼らの活動は乱暴で性急な時代変革に対する警鐘でありブーイングであった。つまり生活環境を激変させる産業のメカニズムの中に潜む鈍感さや不成熟に対する美的な感受性の反発、これがまさに「デザイン」という思想、あるいは考え方の発端となったのである。」 

普段、何気なく捉えているデザインって概念が誕生したのってたかだか150年前なんだね。ていうか、そもそもデザインって世の中を覆っていくテクノロジーに対抗していく中で生まれた概念なのね。自分が生きている中でテクノロジーが世界を覆っていくこと流れに抗うことは、空気が読めてないみたいに感じてしまうことが多い。けれども、そのような経緯で生まれたデザインという概念に今の世界が如何程に影響を与えられたかを鑑みれば、空気を読まずに違和感を形にすることも大事だなーと思った。

移りゆく世界は間違っている可能性もある。何気なく受け止める日々の流れにも疑問を持つことも大事なのかもしれない。

 持っていた本を読み終わり、窓から見える景色にも飽きて来たので、新幹線で暇になったので読書感想文を書いてみた。ところで夕暮れに新幹線からの景色を見ていると、普段は意識しない夕暮れの空の変化を感じれて面白い。普段はスマホでデジタル時計で時間を把握してるので、そうしていると時間はきっちりかっちりしたものに思えるけど、夕暮れを見ていると昔の人にとっては時間なんて印象派の絵画みたいにおぼろげなものだったのかなんて思う。移りゆく世界には多様な見立てがある。

特に言いたいこともなくなったので、あとは目を瞑って、東京に着くまで待ちます。

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気持ち良い奴になるまでは超かかる時間、1,2,3年じゃ足りない。

 先日、内定式で非常に困った問題にぶち当たった。ネクタイを締めずに行って、内定式の前に締めようと思っていたのだが、便所で気づいたことは「自分はネクタイが未だに結べない!」という悲痛な事実だった。就活のときは面接の朝は同居人に結んでもらっていたことを忘れていたのだ。みんな、ネクタイってどうして結べるのだろう。いつ結べるようになったんだろう。「みんな、人生のどのタイミングで履修いたのだろう」みたいな履修漏れが僕は多い。ネクタイも結べないし、タバコも吸えないし、風船も膨らませられない。結局、その日は内定先で働いてるおかげで、知り合いが多いので、上司にネクタイの結び方を教えてもらった。

 

 話は変わるが、そういう訳で内定先の会社で僕は働いてる。こないだ上司が忙しかったこともあって、UX系のイベントの参加枠をもらい、急遽参加した。そのイベントでは、永遠の命題でもある「そもそもユーザーにとっての気持ち良さとは何か?」という話が語られていた。その話を聞いていて「どうしたら相手を気持ち良く出来るんだろうか?そもそも相手にとって気持ち良さとは何か?」という課題は何もUXに限った話だけじゃなくて、普段から分からなくて困っていることだなぁ、と思った。

 

 いつからか、浴槽に入ると、いつもその日の自分のコミュニケーションを思い返すようになった。「あそこはこういう言い方にすればよかった」とか「あのときはこういうことを言えばよかった」とか「あのときは喋っちゃダメだった」とか、その日の中でもっと上手く振舞えたであろうタイミングのことを考える。自分は普段のコミュニケーションで自分の気持ち良さを優先してしまいがちで、相手の気持ち良さとか場の気持ち良さとかに思慮が回らながちだから、毎日反省することは多い。一つ一つのコミュニケーションでのミスは些細なことだけど、過去に戻って、コミュニケーションをやり直すことができたら、いつも風呂場で思う。

 そんなことを考えながら風呂場から出ると、少し前に友達にした連絡がひどく自分勝手なものに思えてしまい、「なんかいつも思いつきばかり連絡してしまって、ごめんよ」と言い訳のような連絡をしてしまった。じゃあそもそも最初から思いつきばかり連絡するなよ、という話なのだけれど。気持ちのいい奴になるまでは時間が超かかる。コミュニケーションはいつだって難しい。

 

 仕事を人に振るのも、すごく難しい。せっかく一緒に仕事をしているのだから、みんなに気持ち良く仕事をして欲しいと思う。だから、仕事でぱつってる同期を見ると。複雑な気持ちになる。こないだもそういうことがあって「もっと人に頼った方がいいよ」って話をしたのだけれど、頼られまくると自分も共倒れするし、頼られる関係じゃない人に頼られるとイラッとすることもある。だとすれば、そもそもこちら側が頼っても大丈夫というコミュニケーションを行えてないところにも問題があるのかもしれない。頼る/頼られるの関係性においても、両者が気持ちいいと感じる折衷点の定義は難しい。

 一方、これまでの僕は、というか今でもそういう節がまだまだあるのだけれど、まだまだ人に仕事を振るのが苦手だ。「全部自分が巻き取った方が一緒に仕事をやっている人たちの仕事が減るし、それが最もメンバー内での負を生み出さないで済むのではないか?」とついつい考えてしまう。相手にとって、仕事をしないことが望んでいるとは限らないのに、ついついそうやって考えてしまう。別の見方をすれば、これは相手から成長の機会を奪っていることになるし、巻き取られた側からすれば信頼されていないように見えてしまうし、巻き取ってしまうのは必ずしも良いことでないことは重々承知の上だけれど、それでも思考の癖はなかなか抜けるものではない。少しずつ、こういう考え方の癖も直していきたい。

 

 先日、長らく連絡を取ってなかった人から「リッキーにこれを読んで欲しくて」とその人が書いた文章が送られてきて嬉しかった。その文章は僕がこの頃、SNSでは言及しなくなった音楽にまつわる文章だったのが余計にグッと来た。

 またFacebookにあげた僕の写真を見た会社の上司に撮影のアドバイスをもらった後に「俺の貸したフィルムカメラでも早く写真撮って見てよ。どうやって使うか気になる」と言われたことも嬉しかった。

 この文章を読んで何を思うだろうかとか、このカメラをどうやって使うだろうかとか、そんなふうに他人に可能性を感じてもらえることは嬉しい。自分もそんなふうに誰かに可能性を感じてことを伝えて、何かを励ませることができたらいいのに。

 

 他人の気持ちを読み取るのが苦手なので、自分のことしか考えられないので、まだまだ時間はかかりそうだけど、誰かの涙をハンカチでそっと拭き取いて、なんならそのハンカチで芸が出来るぐらいの人間になりたい。さらっとそういうことが出来る人はハンカチの使い方、いつのまに履修したんだろう。今日も風呂でそんなことを考えてたら、長風呂になってしまい、布団に入るのが遅くなって、寝不足になってしまった。僕は風呂の正しい入り方も履修し忘れている。

 

 

PS

こないだ都心の真ん中の空き地でキャンプをしたり、高層ビルの屋上でパーティーをしたりした。都市には僕が知らない遊び方がまだまだある。この話も早いところ、ブログに書きたい。

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口で伝えられる物語のように移ろい行き、溶けて幻に似た何かに近づく記憶の将来について。

 先日、夜中に友達が口笛を吹いていた。聞き覚えのある曲だったので、自分も口ずさみ、歌詞を当て嵌めてみると「真夏のピークは去った、天気予報士がテレビで言ってた」って言葉で「そういやもう秋か」と気付いた。翌日、雨模様の仕事の帰り道が半袖じゃどうにも寒くて、そのときのことが頭の中でぼんやりと思い浮かんでパーカーを買って帰った。

そんなふうに気付いたら夏は終わっていた。今年の夏はいつもの夏より多く働いて、いつもの夏より沢山お金を使って、いつもの夏より少しだけ遊ぶ回数は少なかった。確かなことは、いつもの夏より忙しかったこと。めいいっぱい会社で働いて、めいいっぱい友達と遊んだと思う。疲れたけど楽しかった。
ただ、疲れているせいか、日常生活で起きること、向き合わなきゃいけないことを投げ出してしまいたくなるときがこの頃、度々ある。仕事でやってることは投げ出す訳にはいかないからだろうか。そしてたまに実際、対処せずに投げ出してしまったりする。つい先日も小さなことだけれども、耐え切れずに投げ出してしまった。あとから振り返ると自分が嫌になる。これからは投げ出す人を見ても優しくしようと思ったし、何もかもを投げ出さない人になりたい。もしかしたら自分が何かを投げ出すとき、周りはそういうふうに気を遣ってくれていたのかもしれないと思った。
日常生活でも、仕事でも、周りの人の言葉や身振りの見えない意味に、僕はいつも後で気づく。自分が後輩の就活相談に乗っているとき、職場でメールの添削をしてもらっているとき、Messengerに残ったさりげないやりとりを見返したとき、僕が到底気づかなかった見えない意味にいつも後で気づく。UXのいい人間にいつか自分もなれるのだろうか。という訳で学生生活最後の夏は社会人に向けた助走のような形で終わりを迎えた。大学生活が終わりに近づき、思い浮かぶのは高校時代のことである。どのような形で終わりに向かって走っていたのだっけ、と思う。大学受験のこともあったし、そんなに青春を全面肯定するような日々ではなかったことは確かだが。
 そんな「君の名は。」を見てもピンと来ないような生活を過ごしたような僕が最近、毎月楽しみに読んでいる高校が舞台の漫画が「うちのクラスの女子がヤバい」だ。
 

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この作品を僕は毎月最も楽しみにしているのではないだろうか。ストーリーをまずは公式サイトから引用しよう。

1年1組は、どこにでもある普通のクラス。
だけど、他のクラスとはちょっとだけ違うところがありました。
なぜなら、女子生徒の大半が、「無用力」と呼ばれる思春期だけしか使えない超能力を持っていたのです――。
年頃女子はいろいろへんてこだったりするけれど、そんでもって年頃男子は振り回されたりもするけれど、それがフツーで、みんなかわいい。
衿沢世衣子が描く、思春期限定・ちょっと不思議なハイスクール・デイズ。

衿沢世衣子作品は「天心モナカ」あらため「シンプルノットローファー」を高校生のときにQuickJapanで読んで以来だ。「シンプルノットローファー」は何の変哲もない女子高に通う生徒達の、何気ない日常の欠片の物語なのだが、当時は全く面白いと思えなかった。そこで描かれる日常が僕にとって何も特別なものではなかったのではないだろうか。

といったふうに思い入れのある作家ではなかったのだが、新作「うちのクラスの女子がヤバい」が滅法面白い。作品の中で描かれる日常の機微が今の僕には失われた感情、いやそれどころではない、忘れ去ってしまっていた感情や言葉であるからだ。

学校のクラスメイトと距離を感じてしまい「学校選び間違えたかも」と漏れる言葉、いきなり告白されるも自分の心が動かなくてがっかりする気持ち、恋したいと思っていた自分にない気持ちを自分に告白してきた相手は持っていて「ずるい」と思う気持ち、「あの席、楽しそうだね 」という周りからの言葉。

どうしてこの作者はこんなにも高校生のときの気持ちや雰囲気を覚えていれるのだろう、と羨ましく思う。

また前述のあらすじにもあった無用力という設定も素晴らしい。イライラすると手がイカになってしまう、「かわいい」と思うとウサギの着ぐるみになってしまう、握ったおにぎりを食べた人の記憶が少し消えるなど、などなどどうしようもなく、くだらない能力ばかりなのだが、この無用力という設定が思春期特有のコントロールできない自分の体や心のアンバランスさのをメタファーとして見事に機能している。もちろん思春期特有のそういったアンバランスな状態を超能力として描くというのは使い古された設定ではある。スティーヴンキングミザリーを書いたのは、もう40年以上前の話だし、既に30年前に超能力学園Zによってコメディーものとして描かれている。だが、この作品の超能力学園ものとしての気持ち良さはその能力が役に立たないこと、またそれを当たり前のものとして周りが受け止めていることではないだろうか。周りの人は驚きはするものの、日常の何気ない一コマ、当たり前の個性として無用力の発現を受け止める。自分の個性というものは周りに受け止められるものなのだろうか、と周りが気になってしまいがちな思春期。そんな年齢において「飛び抜けた個性である無用力が日常茶飯事として流されること」はこれ以上の肯定はないぐらいの肯定なのではないだろうか。だからだろうか、不思議と心地いい高校生活に思える。そして、漫画で出てくる彼らと一緒に時を過ごしたい、と思う。そんな無用力もいずれ消えてしまう運命にある。彼女たちは卒業すると、無用力が消えてしまうのだ。青春の儚さ、私たちに許された特別な時間の終わりのメタファーとして、無用力は見事なのである。

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こうやって高校時代のことを思い返していると、いかに当時が特別な時間だったかを思い知る。これから大学を卒業して、まだ見ぬ誰かと出会って、まだ知らない場所に行って、これまで重ねた時間の記憶が少しずつ書き換えられたとき、僕の周りにいる人たちと出会ったときの頃から、今のこの気持ちまで、ずっとずっと後になって、どんな風に覚えてるんだろう。願わくば、今、こうやってキーボードを打っているときも、忙しく働きながら遊んだ夏休みも、会わなくなった誰かと過ごした日々も、特別な時間だったように思っておいてほしい。その頃はUXのいい人間になれてるといいな。

 

PS

こないだ江ノ島に行ったとき、たくさんの写ルンですを持って行った。大人数で遊ぶ時は写るんですを何個も買って、数人に渡しておくと、満遍なく皆の写真が撮れるし、そこそこ青春っぽい雰囲気が増すので、オススメ。あと自分が撮ってない写真を現像するのもドキドキして楽しい。後輩から「青春っぽい写真ですね!」って言われて嬉しかった。何歳になっても今のこのエモさを忘れないでおきたい。

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